2013.03/15 カオス混合との出会い
高分子の混練技術についてわかりやすく説明された書籍を見たことが無い。一見学術的に書かれていても、論理の緻密さに欠ける説明も多い。混練で起きる現象は設備と混練物との組み合わせで様々だから説明が難しいのは理解できる。
混練は剪断流動と伸張流動の二つの組み合わせで進行している、と大雑把に理解できればそれ以上の内容は実技の中で習得してゆく以外に方法はない。例えば、スクリューデザインをもとにシミュレーションを行ってもおおよその温度上昇曲線は当たるが、それ以上の情報はシミュレーション技術で得られない。このシミュレーションで得られる温度上昇曲線については、数回実際に混練を経験すれば予想できるようになる。混練技術については未だに経験が学術成果に勝る分野である。
30数年前にカオス混合という神秘的な混練の概念を教えて頂いた。パイ生地や餅つきで起きる混練の現象である。ロール混練でも起きているらしい、と教えられた。教科書にはロール混練で起きる現象は伸張流動と剪断流動としか書かれていない。また、カオス混合の概念も書かれていない。最近では偏心ロールをモデルに発生した流れを解析したカオス混合のシミュレーションによる説明が出てきたが、餅つきやパイ生地で発生している練り、という説明のほうがわかりやすい。
混沌(カオス)混練だから、それを連続生産の中で行ったらものすごいことが起きるのだろう、と若い時にロール混練を行いながら考えた。高純度SiCの発明を行ってから、混練技術を担当する機会が無かったが、退職前の5年間中間転写ベルトの押出成形を担当したときに、外部の樹脂メーカーに混練技術が無く良いコンパウンドを供給して頂けなかったので、自社開発することになった。製品化期限まで半年しかないので、「ここはカオスしかない」と決断し、若い頃のアイデアを実行したところ一発で成功した。
有名なフローリーハギンズ理論では否定されるPPSと6ナイロンの相溶現象を起こすことに成功した。それもコンパチビライザーを添加しないで実現できたのである。分子量分布を計測してみても分子の断裂は起きていない。混練だけで分子レベルの混合が進行したのである。高分子学会賞に推薦され報告しましたが残念ながら受賞できませんでした。しかし、PPSと6ナイロンが相溶し透明な樹脂液が連続して吐出された状態を見たときの感動は最高でした。学術では否定されても技術では実現されている世界が存在するのが高分子物理の現状である。
カテゴリー : 高分子
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