表題でChatGPTに質問したところ、謎が解けました。下記はその回答。
2026年の ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)イタリア代表について、
主な選手を 選手名・国籍(出生国または代表資格の背景)・MLB所属チームの形で一覧にまとめました。
※イタリア代表はイタリア系アメリカ人など祖先による資格で参加する選手が多いのが特徴です。
WBCイタリア代表(主な選手一覧)
| 選手名 |
国籍・出身 |
MLBチーム |
| Vinnie Pasquantino |
米国(イタリア系) |
Kansas City Royals |
| Aaron Nola |
米国(イタリア系) |
Philadelphia Phillies |
| Adam Ottavino |
米国(イタリア系) |
フリーエージェント |
| Kyle Teel |
米国(イタリア系) |
Chicago White Sox |
| Sam Antonacci |
米国(イタリア系) |
Chicago White Sox |
| Zach Dezenzo |
米国(イタリア系) |
Houston Astros |
| Dominic Canzone |
米国(イタリア系) |
Seattle Mariners |
| Jakob Marsee |
米国(イタリア系) |
Miami Marlins |
| Nick Morabito |
米国(イタリア系) |
New York Mets |
| Dante Nori |
カナダ(イタリア系) |
Philadelphia Phillies |
| Thomas Saggese |
米国(イタリア系) |
St. Louis Cardinals |
| Miles Mastrobuoni |
米国(イタリア系) |
Seattle Mariners |
| Jac Caglianone |
米国(イタリア系) |
Kansas City Royals |
| Andrew Fischer |
米国(イタリア系) |
Milwaukee Brewers |
| Jon Berti |
米国(イタリア系) |
FA / MLB経験 |
主な投手
| 選手名 |
国籍 |
MLBチーム |
| Michael Lorenzen |
米国(イタリア系) |
Colorado Rockies |
| Greg Weissert |
米国(イタリア系) |
Boston Red Sox |
| Ron Marinaccio |
米国(イタリア系) |
San Diego Padres |
| Joe La Sorsa |
米国(イタリア系) |
Pittsburgh Pirates |
| Kyle Nicolas |
米国(イタリア系) |
Pittsburgh Pirates |
| Alek Jacob |
米国(イタリア系) |
San Diego Padres |
| Gordon Graceffo |
米国(イタリア系) |
St. Louis Cardinals |
| Matt Festa |
米国(イタリア系) |
Cleveland Guardians |
| Dylan DeLucia |
米国(イタリア系) |
Cleveland Guardians |
| Dan Altavilla |
米国(イタリア系) |
Minnesota Twins |
| Sam Aldegheri |
イタリア生まれ |
Los Angeles Angels |
イタリア代表の特徴
-
多くの選手は アメリカ生まれのイタリア系
-
WBCは
-
国籍
-
親・祖父母の出身
-
市民権取得資格
などで代表資格を得られるためです。
近年はMLB選手も増え、
Aaron Nola、Pasquantino などメジャーリーガーが主力になっています。
✅ 特徴的な点
-
MLB経験者が多い
-
イタリア本国生まれの選手は少数
-
アメリカのマイナーリーグ選手も多数参加
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人生に「もしも」は、つきものである。無機材質研究所で高純度SiCの新合成法を実証した時に、10社を超える企業の勧誘を受けている。セラミックスフィーバーの凄さを実感した。
・
しかし、故猪股先生は事情はどうであれ、ゴム会社で事業化して頂きたい、昇進試験には今年と同じ答案を出してもゴム会社なら合格とするよ、と申されていた。詳細は省略するが、翌年素直に昇進試験を受けなおしている。
・
2億4千万円の先行投資と研究棟建設が決まり、2度目の試験で不合格だったなら間違いなく転職していただろう。転職後の人生は今と大きく変わっていただろうし、FD事件に巻き込まれることも無かった。ただし、現在のような幸福な結婚生活となっていたかは不明である。
・
この時の転職判断は、故猪股先生のお人柄から決めているが、写真会社の早期退職の延長は、「貢献」と「自己実現」の両者を考慮し55歳の早期退職を延長して、57歳の2011年3月11日とした。
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新たな環境対応樹脂の開発を役員から依頼されたからで、また単身赴任して開発した技術については公開して良い、と言われたので、学会賞のプレゼンテーションも当時行っている。
・
その結果、サラリーマンなら誰でも一度は称賛され、花束をもらえる機会を逸した。そして、帰宅難民となり、最後の日を誰もいない事務所で過ごしている。
・
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無機材質研究所の4日間で得られた実証結果から、基本特許が2件無機材質研究所から出されている。発明者筆頭は本来当方であるが、立場上難しい、と言われ、その時の状況を示す手紙が残っている。
そして、故猪股先生は退職されるときに、ゴム会社から支払われた基本特許使用料について当方に支払ってくださったのだ。誠実な対応であり、今でもその時の手紙は大切に保存している。
ところで、始末書の原因となったホスファゼン変性ポリウレタンフォームの特許の筆頭発明者は当方ではない。新入社員ということで明細書案まで書いても筆頭にしてもらえなかった。
筆頭にしてもらえなかっただけでなく、始末書問題の時には、当方の責任にされたのである。それで、この技術を論文発表するときには、始末書の経緯から当方を筆頭にして欲しい、と申し出て書いている。
始末書で提案したホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームはどうなったか。これは、主任研究員が筆頭の特許となっている。もちろん発明者は当方であり、明細書案も当方が書いている。
さらに、主任研究員は、主任研究員を筆頭に論文を書くように言ってきた。さすがに気分が悪かったので、時間ができたら書きます、と答えている。その結果、この技術は今でも研究論文としてまとめた発表をしていない。
学会発表等は、主任研究員が委員を務めていた、高分子の崩壊と安定化研究会で発表後、幾つかの講演会で発表している。ゆえに学位論文には掲載しているが、今でも該当する研究論文が無い状態である。
高純度SiCの反応速度論の研究は、ゴム会社で2億4千万円の先行投資がなされた時に超高温熱天秤を真っ先に開発し実施している。超高温熱天秤の特許も出している。
転職する1年前に、国立T大で学位を取得することになったが、研究に全く関与していなかった助教授により、高純度SiC反応速度論の研究を勝手に論文発表された。当方は末席でこの助教授が筆頭である。図々しいことに国際会議の招待講演者では自分の研究として講演している。
その他諸々があり、国立T大について当方は学位審査大学として不適と判断し、中部大学で当方の学位審査をお願いしている。学位はやはり気持ちよく取得したいと思っていたので、満足している。
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無機材質研究所へ留学した年に、係長クラスの昇進試験があり、10月1日にその結果が発表された。昇進試験と言っても事前に問題が漏れており、この年は、「あなたが推進したい新事業について述べよ」というのが研究部門の問題だった。
当方は、高分子前駆体を用いる世界初の高純度SiCを開発し、半導体治工具事業を展開するシナリオをまとめて準備していた。これを解答としたのだが、実はこのシナリオはゴム会社創業50周年記念論文に応募し、没となっていたシナリオである。
また、ファインセラミックスフィーバーの時代であり、このシナリオを研究企画として提案しても没となり、研究所はアメリカのバッテル研究所へ1000万円支払い、調査レポートを購入し、当方によく読むようにコピーを渡されていた。
当方はバッテル研究所の調査レポートは、クラシックセラミックスの延長線上のまとめであり、ファインセラミックスフィーバーの目指している方向と異なる、という感想文とともに、当方の高純度SiC事業シナリオを添付して再度提出している。
何度も研究所では否定されたシナリオだった。ゆえに昇進試験でどのように判断されるのか興味深々であるとともに大学院卒は落ちないという噂もあり、自信をもって答案として提出している。
10月1日には人事部長から無機材研所長室に電話が入り、ご指導いただいていた故猪股先生とともに昇進試験の結果を聞くことになった。人事部長から、昇進試験の結果は0点であり詳細を話したいので本社へ出張するように命じられた。
受話器を置いたときに、無機材研所長と故猪股先生は驚いた顔をされており、試験問題の解答にどのようなことを書いたのか質問された。そこで高純度SiCのシナリオをご説明したところ、1週間チャンスをあげるから、無機材質研究所の設備を使い、実証しなさい、と所長から命じられた。
故猪股先生は、本社へ明日にでも出張し、1週間の研究の許可と結果を無機材研から特許出願する許可をいただいてきてください、と依頼された。
このような経緯で高純度SiCの製造法の実証は、無機材質研究所でたった4日間の実験で完成している。そして今でもこの製造方法で愛知県の企業で半導体治工具事業が展開されているが、これはゴム会社から8年前に譲渡された技術である。
すなわち、昇進試験で0点をつけられたシナリオが、そのゴム会社で30年事業として推進されたのだが、研究所初の新事業としてはJSRの創業に次ぐ2件目の発明である。
若い研究者に告げたい。若者の描く未来を否定する年寄りはいつの時代でもいる。また企業では、組織でそれをつぶしにかかる場合もある。当方はFDを壊されたりひどい目にあっている。しかし、どこかに必ずその未来を認めてくれる年寄りもいる、と信じ、勇気をもって未来を切り開いてほしい。
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ダンフレームBとは、当方が入社した年にゴム会社から上市された難燃性天井材である。入社し9か月後に異動となった。その新たな職場の上司の成果で、某大学の先生のご指導で難燃化に成功した製品である。
その先生もTVで誇らしげに、炎から高分子が逃げるように難燃性を示す新物質と説明していたので、当方の年代の方ならご存じの方もいるかもしれない。しかし、この技術は怪しい技術であり、今どきこのような難燃化手法で材料開発など行わない。
入社し翌年の1月に異動して、全自動LOI測定装置という評価装置を見つけた。LOIが規格化される前に独自開発された装置と上司が誇らしげに自慢していたが、指導社員が、発泡体の測定ができなくて困っている、と話してくれた。
詳細を省くが、この使えない測定装置を使用可能な状態にして、ダンフレームBのLOIを測定したところ19だった。すなわち、空気中でよく燃えるような材料だった。それから1年後、新築の家で台所火災が目立つようになった。
そしてJIS難燃2級の規格見直しプロジェクトが国研として立ち上げられ、つくばにある建築研究所が中心になって新たなプラ天井材難燃規格検討が推進された。そこではゴム会社が中心的役割だったので、当方は建築研究所へ週に1回通勤することになった。
ただし、そのための出張予算など計画外であり、タクシーの使用が厳禁とされただけでなく、出張申請も2回に1回とされた。当時はこのような無法が許されていた。
そのため、朝混雑する常磐線にヘルメットと安全靴、作業着の3点セットとサンプルを抱えて乗り込み、荒川沖で満員バスに乗り、建築研究所へ通う過酷でさらに出張手当は半分の仕事となるはずだった。(宅急便代を認めてもらえず、荷物が20kgを超える時もあった。畳1枚の大きさの試料については、持って運べないことを上司にアピールし宅急便の使用を認めてもらっている。)
ところが建築研究所の主任研究員が高校の先輩で、出張時には荒川沖まで当方をお迎えに来てくれた。そしてお昼は毎回ごちそうしてくれただけでなく、残業のあった日には夕食までごちそうしてくれたのである(注)。
さらに、ポリウレタン発泡体では、台所用天井材は難しい、ということが明らかとなり、フェノール樹脂発泡体を新たなプラ天井材に使えないか検討することになった。
おかげでフェノール樹脂発泡体の初期検討データーは社外発表許可が出て、これが高分子難燃化セミナーのよい教材となっている。
研究所の予算の都合で出張手当が十分に出ず、本来なら宿泊出張となるであろうところ、両手では持てずリュックを背負って朝早く始発に乗り、疲労困憊となって独身寮に帰る過酷な仕事だった。
「今時そのような大企業があるのか」と呆れた先輩が同情し送迎だけではなく、昼食まで面倒を見てくれたことを難燃化セミナーを講演するたびに思い出す。
(注)官民接待となるので一度はお断りしている。しかし、税金ではなく先輩のポケットマネーであり、さらに当方が病気になっても困るから、と言われ、先輩のご厚意に甘えている。スタッフが当方一人という過酷な仕事だった。昭和の時代にはこのような知識労働者が多かったのではないか。サービス残業に、過重労働、出張旅費も十分に出ず、パワハラの嵐でも頑張った。それが良かったとは思わないが、それでも仕事を前に進めた結果としての思い出がある。
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ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの工場試作成功後、訳の分からない始末書騒動に巻き込まれ、1週間毎朝上司から始末書が書けたかと責められた苦い思い出がある。
これは、暗い出来事であるが、当時はまだ夢に燃えており、始末書の意味も分からず図書室にこもって毎日が過ぎていても胃が痛くなるような状態ではなかった。
初日に図書室の受付嬢からお茶のサービスがあり、これが毎日続いたのである。始末書が書きあがったときに、お礼として食事に誘っている。
そもそも上司もどのような始末書を書いたらよいのかわかっていなかった可能性が高い。ただ、上司が本部長に世界初の工場試作成功をプレゼンしたところ、始末書となって、それを新入社員に書かせるとまで言ったので、その場に居合わせた管理職も驚いて研究所の話題となっていた。
研究所の話題となっていたので、図書室の受付嬢の耳までうわさが届いていたようだ。当方は、哀れな新入社員と研究所でどれほどの噂になっていたのか知らないが、毎日図書室へこもっていても誰も声をかけてくれなかった。
ただし、コンピュータ部門の女性が一人声をかけてくれて、コンピューター関係の雑誌をあれこれ紹介してくれた。関西の情報系の大学を卒業された方で、IBM3033を使っている当方に興味を持たれていたようだ。
研究所でコンピューター計算が必要な時には、当時DEMOSを使用しており、社内のサービスを使用していたのは当方だけだった。
月刊ASCIIは日本で出版されたばかりだったが、BYTEやCreative Computingなど海外の雑誌をいろいろ内容も含め紹介してくれた。
この手ほどきで、当時話題になり始めていたオブジェクト指向の黎明期の議論を論文として読むことができた。そして、オブジェクト指向で新たなポリウレタンフォームの難燃化技術を企画したのである。
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昨日研究所のOA化のために80万円のローンを「させられた」、と書いた。経緯を詳しく説明すると、怪しげなベストセラーの本のおかげで16万円のマイコンでOA化ができると勘違いした研究所長の鶴の一声でOA委員会が組織されたためである。
当方の上司がOA委員長となり、当方は入社2年目でありながら事務局を任された。そして、薬品管理をまずやってみよう、と委員会で決まり、当方にプログラム開発の仕事が回ってきた。
研究所には当時マイコンなど1台も無い環境で、当方は業務で多変量解析をしたい時にはIBM3033を使用していた。その使用料さえ節約するように言われていた。
そのような状況でマイコンを1セット購入してほしい、と希望を出したら、見積もりを持ってこいと命じられたので、100万円の見積書を提出した。この時、16万円ではないのか、とその見積書に疑問を持たれた。
プリンターなど周辺機器が高い、と説明したら、秋葉原なら安いのではないか、と言われ、秋葉原まででかけて、80万円の見積書とローン申込書を準備した。
ローン申込書まで準備したのは、プログラム開発に使用可能なパソコンが1台もなく、万が一の時には自費で購入しなくては仕事ができないと判断していたからである。このような判断が求められたのである。
上司に見積書とローン申し込み書とを提出したところ、ローン申込書の保証人の欄に印を押され、自分で購入しなさい、と簡単に言われたのである。ここで、購入するかどうかは、当方の判断となるのだが、購入手続きを進めたので、当方の責任となる。
しかし、業務の流れから、これは「させられた」と同じ状態である。新入社員時代の暗い出来事だが、この80万円のローンにより、1年間は遊ぶことができず、ローンで購入したマイコンと格闘する日々となった。
その結果、アセンブラーからFORTH、PASCALまで学ぶことができた。また、多変量解析のシステムをこのマイコンに構築でき、ローン期間中に背水の陣でデータサイエンスについて当時知られていた最先端の解法についてプログラムを組むことができた。
データサイエンスの独学はこれがきっかけで始まっているので、今から振り返えれば上司に感謝しなければいけない、と思いたくなる時もある。
ただし、初任給10万円であり80万円でカローラDXが1台買えた時代の話である。当時のDXはデラックスの略である。今はデジタルトランスフォーメーションをDXと書く。
サービス残業など平気で命じる上司が多かった時代であり、会社の仕事を行う時に個人に負担を求めることが常態化していた。例えば、マイコンが普及し始めたときにFDを個人で用意する必要があった。
この頃を思い、昨日のニデックの問題を考えると役員へのパワハラは、個人の財布に負担を求めているわけではない(注)ので、まだ優しい出来事に感じてしまう、がこれではだめだろう。
ただし、自己実現目標さえ持っておれば、パワハラだろうが何だろうが理不尽な出来事も将来に活かせるよう転化できるのではないか。ニデックの役員にそれがあったかどうか。
材料開発を仕事にしたいとおぼろげながら夢見たときに、第一次AIブームでコーリーの逆合成が話題になっていた。また、世間ではデータサイエンスの講座設立ブームだった。データサイエンスをどのように材料開発に活かすのか、具体的なビジョンがあったわけではないが、このローンの出来事や明日の始末書騒動は、その糸口をつかむ機会となった。
(注)パワハラは今の時代、絶対にダメである。会社の業務を行うためにパワハラを行い労働者に金銭を負担させるのは、もはや事件である。しかし、昭和の時代に一流会社でも日常平然と行われていたのである。これはバブルがはじけるまで続く。
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ニデック創業者永守氏のパワハラが問題となり、永守氏が経営を退いたという。永守氏だけでなく役員まで含めてパワハラ風土という説明もされている。
例えば、夜10時まで利益を積み上げるための検討をしていたと釈明する幹部に対し、執行役員は「朝まで何でやらんねや!」などと怒鳴りつけたケースもあったようだ。
しかし、40年以上前はもっとひどかったのである。ニデックは怒鳴られただけであるが、当方は、初任給10万円の時代に研究所のOA化のために80万円のローンをさせられている。
また、始末書を書くまで仕事を止められ、毎朝始末書ができているのかチェックされ、図書室へ向かう、そのような新入社員時代だった。
この時の始末書は、世界初の難燃化技術を発明せよと発破をかけられ、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの工場試作に数か月で成功したことによる。工場試作など新入社員が調整して実施できるほど甘い会社ではなかった。
本来徹夜してまで工場試作用ホスファゼンを合成させた人物が責任をおうべきであったが、そもそも当方には何のための始末書なのか全くわからなかった。
ニデックの場合には、売り上げをあげられなかった役員がパワハラを受けていた、と記事にあったが、新入社員が成果を上げたのに、訳の分からない始末書を書かせられている事案より幸せである。今は成果をあげられない役員を経営者は優しくしなければいけない時代?
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1990年代にゼラチンを硬く、割れにくくする技術として、コアシェルラテックスが開発された。このラテックスは、シリカゾル粒子1個の表面でラテックスの重合反応を行い、芯にシリカ粒子を抱えたラテックスを合成する技術である。
すなわち、このラテックスをゼラチンと複合化してシリカゾルの高い弾性率を活かし、ラテックスの柔らかさで靭性を稼ぎ、ゼラチンを硬くても割れにくくする優れた技術である。
この技術について、特許出願が網の目のようになされており、転職時この技術を凌駕する技術開発が重要なテーマとなっていた。そして数名が新規のコアシェルラテックスの研究開発を行っていた。
当方は、同じコンセプトの技術を指向しても面白くないから、オブジェクト指向で異なるプロパティーのラテックスを開発したら、と提案したら、それが難しいからコアシェルラテックスを開発している、と否定された。
コアシェルではなく単純にシリカゾルをミセルにしてラテックスを重合するアイデアはどうかと言っても、コロイド科学のことを知らない素人扱いをされたのである。
このような問題を考える時に、とりあえず、科学を忘れアイデアやコンセプトを思考実験で練ってはどうか、と言って、ホワイトボードに漫画を描いたら、一人のスタッフが、それなら合成経験があると叫んだ。
そして新たなシリカゾルをミセルにしたラテックス重合技術で、コアシェルラテックスよりもゼラチンを硬くでき、靭性を1ランク向上できる技術が完成し、写真学会からゼラチン賞を頂いた。
科学の弊害として、当たり前の技術しか考えない、という問題がある。科学では一つの真理が求められるためで、例えばコアシェルラテックスは、シリカゾルを凝集させない科学的に正しい一つの方法である。
しかし、ゾルをミセルに見立てラテックスを容易に合成できるのかというと、科学的にはできないという否定証明が容易な解答となる。しかし、ゾルをミセルにしてラテックスを合成できたなら、それは新技術であり、新しい科学のシーズが誕生する。
科学の時代が、新しい科学のシーズを生み出す時代から、いつの間にか、科学的に正しい技術を、すなわち当たり前の技術を開発する時代になってしまったことに気がつくべきだ。
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ポリマーが相溶するためにはχ=0という条件が必要というフローリー・ハギンズ理論は有名である。また、低分子のSPからこれを論ずる人もいる。
それではχ>0ならば相溶しないかとというと、すでにこの欄で書いたように非平衡状態で実現することができ、急冷すればそのまま相溶状態を5年近く維持できる組み合わせも存在する。
別の日にこのあたりのアイデアについて、詳述したいが、本日はラテックスでχ>0の高分子をブレンドすると、とりあえずナノオーダーの構造で光学的に透明である混合状態の高次構造のポリマーアロイを製造可能である。
感材用PETフィルムの下引き処理は、感光体層の弾性率が様々に変化するので、感光体層に合わせた弾性率の下引きが必要である。これを実現するために、アクリル系ラテックスとポリスチレン系ラテックスとの混合により、弾性率の制御を容易にした技術を開発した。
しかし、ハロゲン化銀のフィルム技術は過去の遺物となった。しかし、他の技術分野でも活用できるこの技術についてご興味のあるかたはお問い合わせください。
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