2013.04/07 光学用樹脂の奇妙な構造
昨日非晶性ポリオレフィン樹脂として販売されている光学用樹脂の奇妙な物性について書いた。この奇妙な物性を示した樹脂の高次構造を調べてみると、その構造も不思議である。
光学用ポリオレフィン樹脂として販売されている樹脂は単一組成のポリマーなので、非晶性ならば高次構造は均一なガラス構造となっているはずである。実際に通常の高価な分析装置で何も考えず分析する限りは非晶質として観察される。しかし、非晶性樹脂ではなく結晶性樹脂ではないか、と疑っていろいろ実験を行い、その構造の問題を探っていくといろいろ出てくる。
例えば、成形体を金槌で破砕しその破面観察を行うと、あるドメインの大きさで異なった弾性率の部分があるために、結晶性高分子の破面と類似の構造とゴムの破面と同様の構造とが混在して作られた汚い破面が観察される。すなわち弾性率が高いために破壊エネルギーの伝播が高速で進んだ領域と弾性率が低く伸びやすいために引き延ばされた構造とが観察される。そしてこの構造の大きさは、射出成形条件の違いで様々に変化している。またそれらの構造以外にボイドらしき構造も観察される。
このボイドらしき構造は、射出成形体をアニールしてやると、アニール時間と相関し大きくなり、ある大きさまで成長する面白い性質がある。奇妙なのは光学的性質について耐久試験を行うとこのボイドらしき構造が多い成形体ほど耐久性が良いのである。さらに粘弾性の性質を調べてこのボイドらしき構造との関係を調べてみたり、密度との関係を調べてみたり、いろいろと実験を行った。10年以上前の話だが未だにその時の不思議な興奮を記憶している。
それから7年ほど過ぎて、また光学用ポリオレフィン樹脂を取り扱う仕事を担当した。これは5年ほど前のことなので詳細は控えるが、大きな成形体をそのままX線分析装置で測定してみると、期待されたとおりの現象が観察された。1cm前後の間隔で密度の高い部分の分散構造が観察されたのである。すなわち10年以上前は米粒ほどのレンズ材料だったのでミクロ構造の解析しかできなかったが、こんどは豊川のちくわほどの大きさのレンズだったので大きな構造周期を観察することができた。
いまだに光学用ポリオレフィン樹脂は非晶性樹脂として販売されている。もし10年以上前の樹脂から大幅な改良がなされ、まったく結晶化しないならば問題は無いが、少なくとも5年ほど前射出成形体に結晶化したと思われるドメインを捉えることができたので表示に偽りがあることになる。大手メーカーの樹脂なので、もし結晶性樹脂であるにもかかわらず非晶性樹脂と偽って販売しているならば、その影響は大きいと思う。ユーザーは高分子の知識が乏しい技術者なのでさらに問題は大きくなる。
10年以上前にあるメーカーの技術者にはこの情報を流したが、当方が間違っている、と言われた。しかし、非晶性樹脂ならば起きない現象が実際には発生しており、それが品質問題となっているのである。科学的によく分からないなら非晶性樹脂として販売しても問題ない、というのは材料メーカーとして間違った考え方である。できている構造が結晶かどうかは、おそらく難しい議論となるが、粘弾性試験やキャストフィルムなどを作成し結晶化させることは容易であり、良心的な技術者ならば問題の大きさに気がつくはずである。
このように光学用樹脂にはまだ改良の余地があり、完全な非晶性樹脂を開発することができたなら、既存の光学用樹脂を置き換えるマーケットを獲得できる。光学用成形体の射出成型条件や歩留まり、金型構造などの情報は外部にでてこない。その結果品質問題が発生したときに樹脂の問題なのか射出成形技術の問題なのか判断しにくい状況だが、樹脂を分析すれば樹脂に問題のあることがわかるはずである。光学用樹脂の大きなマーケットではパーフェクトポリマーが求められている。
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