2013.04/29 成功する技術開発(6)
例えば、10の9乗Ωcmの半導体シートを樹脂で製造する場合に、樹脂へカーボンブラックを分散する材料設計を思いつく。しかし、導電性材料を絶縁材料に分散したときにはパーコレーション転移が生じるので、10Ωcm以下の体積固有抵抗で導電性の良いカーボンブラックを用いたときには、ある添加量のところで10の9乗Ωcmから1000Ωcm前後までばらつくことがある。このような場合でも成形プロセスで成形条件を工夫し、強引にシートを作ることは可能である。おそらく歩留まりは悪いがこのようにして10の9乗Ωcmの半導体シートを製造している場合が多い。
しかしマトリックスを構成する樹脂によっては、半導体シートの歩留まりが30%前後になる場合がある。パーコレーション転移は確率過程の現象なので10の9乗Ωcmの抵抗ならば30%前後の歩留まりで目標の抵抗となる。歩留まりを上げるために、樹脂の中で分散しているカーボンブラックのクラスターを制御することを思いつく。カーボンブラックの表面にはカルボン酸ができているはずだから、ナイロン樹脂を一緒に分散させればカーボンはナイロン樹脂の表面にくっついて分散するだろう、と甘いアイデアを思いつく。ナイロンの構造式を見れば周囲も信じてしまう。ところが実際にはうまく反応しないことは化学屋の常識である。
高分子をかじった技術屋がいれば、ここでフローリーハギンズ理論を持ち出し、χが大きいナイロン樹脂を選べば良い、とアドバイスする。このような材料設計案を材料開発の実力のある技術屋が聞けば一笑に付すはずである。しかし構造式や期待される反応、高分子分散に対する理論をまことしやかに並べて説明されると皆が納得するから不思議である。また、皆が納得しているところへ反対意見を言おうものなら袋だたきに遭う場合もあり、おいそれと怪しい理論のプレゼンテーションで反対意見を言いにくい。フローリーハギンズ理論など教科書に書かれた有名な理論なのでその理論に従い相分離するナイロンの島の表面にカーボンブラックをくっつけてパーコレーション転移を制御する、という怪しいアイデアは採用されテーマとして推進されることになる。
ある樹脂にナイロンを分散させて海島構造を作り、その島の表面でカーボンブラックのクラスターを制御する、というアイデアは一見すばらしい。アイデアは間違っているが、実験を行うと歩留まり改善に寄与して、30%が60%まで上がる場合がある。ナイロンの添加でパーコレーションの確率に影響がでたわけだが、それが良い方に出現したのである。2倍に歩留まりが上がったのだからもう少し頑張れば100%に行くかもしれない、と周囲も応援する。ただパーコレーションが確率過程であることに気がついていると、ここで限界と悟ることができるのだが周囲の応援もあってどんどん開発を進める。
開発プロセスにも品質管理を導入しているところでは、開発中の技術をある時点で商品化するかどうかの議論を行い、商品化決定後は技術の中身を固定化する。商品化まで半年あるからそれまでに60%から100%にできるだろうという予測で技術手段を決めてしまうとこの場合には開発を失敗する。このような技術開発をしている場合があるのではないか。このような場合に失敗の原因は明らかだが当事者には見えにくい。ゆえに不思議な失敗となるが、技術を正しく知っている技術者が最初に一任され、技術をチェックする仕組みしておけばこのようなことは起こらないが、日本の多くの企業ではそれだけの力量の技術者が少ないだけでなく、力量の高い一人の技術者に判断をゆだねることをしない。
<明日へ続く>
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