2013.04/30 成功する技術開発(7)
科学的手順で実証された現象は正しい、ということになっている。フローリーハギンズの理論でもその理論に適合する現象を例に実験で理論の流れを証明している論文がある。おそらくフローリーハギンズ理論の考え方は、高分子の混合系について現象をうまく説明できる理論なのだろう。しかし一方でフローリーハギンズの理論に合わないような実験データもある。合わないような、と表現したのは高分子の混合プロセスに必ず問題が残るからである。理論を正しいという考え方に立てば、理論にうまく合わないときに考察を混合プロセスの問題に持ち込めば良い。
哲学者イムレラカトシュは、科学的に厳密に証明できるのは否定証明だけだ、とその著書「方法の擁護」の中で述べている。すなわちフローリーハギンズ理論を否定する証明は科学的に厳密にできても、この理論を肯定する証明では科学的に不確かな部分が残るというのである。イムレラカトシュに従えば、フローリーハギンズ理論が間違っていることを示すために、χが大きい高分子の組み合わせで安定に相溶する系を示せば良い。
この視点で、光学用ポリオレフィン樹脂とポリスチレンの組み合わせを用いた相溶実験を計画した。ポリスチレンを様々な重合条件で重合してスチレン単位の並び方が異なっているポリスチレンを100種類以上合成しようと考えた。これらのポリスチレンと、光学用ポリオレフィン樹脂とを混練する実験を計画した。あらかじめ光学用ポリオレフィン樹脂だけで平衡状態になる混練条件を求め、その混練時間よりも短い条件で混練し、透明になるかどうか確認する実験を行った。すなわち混練時間5分という短時間の条件でポリオレフィン樹脂が平衡状態に無いことを確認し、この条件でポリスチレン存在下、透明樹脂ができるかどうか実験を行ったのである。
ポリスチレンの合成条件を100以上考えたが、運良く16番目の条件で合成したポリスチレンを混合したときに透明な樹脂が得られた。この16番目の合成条件のポリスチレンは、実験に用いた光学用ポリオレフィン樹脂と様々な比率で混合しても透明になる。すなわち完全に相溶しているのである。面白いことにこの樹脂で直径1cm程度の丸い平板を射出成形で成形し、温度変化を観察するとポリスチレンのTgあたりで平板は白濁し始める。さらにこの現象はゲートから樹脂の流れた状況がわかるような白濁の仕方である。そして、光学用ポリオレフィン樹脂の高い方のTgあたりから高温度の領域でまた透明な樹脂になる。
この実験でフローリーハギンズ理論が間違っていることを確信した。多くの系でこの理論に合う現象が生じるのは、考え方の大枠が間違っていないためであろう。しかし、χの定義が不十分ではないか、と疑っている。フローリーハギンズ理論は高分子のエントロピー変化に着目し構築されている理論であるが、χの定義をもう少し厳密に行う必要があるように思う。このあたりは高分子物理の専門家に任せるとして、技術の立場では、フローリーハギンズの理論が正しくないとすると面白いアイデアの展開ができるのである。
<明日へ続く>
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