2013.05/03 成功する技術開発(10)
絶縁体樹脂と6ナイロン、カーボンブラックの3種類を混合し、抵抗偏差が小さい、すなわち電気特性が均一な半導体シートを安定に製造するためのあるべき姿を考える。すでに説明したようにカーボンブラックの抵抗は10Ωcm未満と低いために絶縁体樹脂中でパーコレーション転移が生じると10の3乗から4乗Ωcmまで絶縁体樹脂の体積固有抵抗は下がる。これを回避するにはカーボンブラックは弱い凝集体を形成して材料に分散していなければならない。弱い凝集粒子の作り出すドメインの体積固有抵抗が10の4乗から5乗Ωcm程度になれば、この凝集粒子でパーコレーション転移が生じても急激な抵抗変化は生じないので、10の9乗Ωcmの体積固有抵抗の半導体シートを安定に製造することが可能である。
カーボンブラックの弱い凝集体がそのような抵抗になるのかどうかを確認したければ、カーボンブラックを絶縁体の錠剤成形機にいれて、体積固有抵抗の圧力依存性を計測する実験を行えば良い。この実験を行うと、体積固有抵抗と粉末にかかる圧力との関係を示すグラフが得られ、粒子の凝集状態で体積固有抵抗の変化する様子を示唆するデータが得られる。実際に実験を行えば10の8乗Ωcmから10Ωcm程度まで錠剤成形機にかかる圧力に依存して体積固有抵抗が減少するグラフが得られる。この実験では初期設定条件とカーボンブラックの嵩密度など粒子の状態に伴う因子が大きく影響するので実験条件によりグラフは大きく影響を受ける。しかし、カーボンブラックの凝集状態で大きく抵抗が変化する様子を表すグラフを得ることができる。
弱い凝集体を分散した半導体シートの材料をどのように製造するかは、ホワイトボードにその絵を描けばすぐに思いつく。すなわち絶縁体樹脂の相にはカーボンブラックは存在せず相分離している6ナイロン樹脂の相の内部に全てのカーボンブラックが分散している状態であれば、材料設計の目標となる構造を作り出せる。そして6ナイロンのドメインサイズを小さくすることができればカーボンブラックの凝集体も小さくなる。すなわち6ナイロンを絶縁体樹脂に相溶する可能性のあるナイロン樹脂に変更すれば小さなカーボンブラックの凝集体を絶縁体樹脂中に均一に分散できる。
この考え方で、バンバリーを用いて強引に理想とする高次構造を有する材料をブレンドして作りだした。二軸混練機ではなくバンバリーを用いたのは混練における様々な“技”を使いやすいからである。樹脂を混練するときに二軸混練機を使用するのが一般的だがバンバリーやロール混練機を使用すると混練状態を確認しながら材料をブレンドすることが可能でブレンド実験を手際よく行うことができる。
電子顕微鏡観察を行い、ややドメインサイズは大きいが理想どおりの高次構造を有するコンパウンドを製造できていることを確認できた。このコンパウンドで半導体シートを製造したところ、電気特性の安定した半導体シートがえられた。そしてこれは期待したことだが、シートの延伸条件を工夫すると、半導体の体積固有抵抗を調整できることもわかった。すなわちシートの延伸条件によりカーボンの凝集状態が影響を受け、カーボンの凝集体の体積固有抵抗が変化し、それがシート全体の体積固有抵抗に影響を与えたのである。
テーマを担当して1週間でここまでの成果が得られた。あとはどのようにドメインサイズを小さくしたら良いか、という問題(科学的にはフローリーハギンズの理論をどのように扱うかという問題)とバンバリーで製造したコンパウンドをどのように二軸混練機で製造できるようにするかという、時間をかければ解決がつく易しい技術の問題だけである。しかし、科学的に考えようとするとフローリーハギンズ理論が存在し、問題はとたんに難しくなる。
<明日へ続く>
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