2013.05/29 科学と技術(酸化スズゾル1)
酸化第二スズ単結晶は絶縁体である。昭和30年頃には半導体材料として研究が行われ、1980年前後に科学技術庁無機材質研究所(以下無機材研)で高純度酸化第二スズは絶縁体であることが確認された。
この酸化第二スズ結晶に不純物がわずかでも混入したり、酸素欠陥ができると正孔あるいは余剰電子ができ半導体から導体まで導電性が変化する。固体物理の進歩はすさまじく、酸化第二スズ結晶の導電性については詳しく調べられており、導電性に寄与するすべての電子のエネルギー準位まで科学的に説明されている。絶縁体であるかどうかが問題にされ、絶縁体であると科学的に結論が出るまで25年(あるいはそれ以上かもしれないが)かかっている。
酸化第二スズが科学的な真理として絶縁体である、と分かっても技術的には影響が少ない。透明導電体を得たいならば、アンチモンやインジウムを不純物として加えれば良く、科学的真理が確定する前からすでに技術として実用化されていた。
それでは、酸化第二スズ結晶が絶縁体であるという科学的真理が人類に意味の無い成果か、というとその評価は間違っている。この科学的真理があるから導電性の高純度酸化第二スズに注目するのである。そしてどのように理解したら良いのか思い巡らし技術的なアイデアが生まれてくる。このあたりについては、ファーガソン著「技術屋の心眼」に詳しい。ファーガソンが触れていない点だけ述べれば、正確な科学的真理は、正しい技術ソリューションを導いてくれる。凡人の技術者にとって正確な科学的真理は暗闇の灯台のような役割である。
特公昭35-6616という特許は唯一番号を正確に記憶している高純度酸化第二スズ導電体の特許である。小西六工業(現在のコニカミノルタ)の技術者による発明であるが、コニカの社員でさえ1991年にその存在を忘れていた。この特許は高純度酸化第二スズ導電体に関する世界初の資料である。しかも科学的な研究結果が乏しい時代の技術成果である。この特許に記載された非晶質酸化第二スズは物性データから、その後の追試で1000Ωcm未満の導電性を有している、と推定された。
この特許は写真フィルムの帯電防止材に関する発明である。塗布でTACフィルム上に高純度非晶質酸化スズを含む薄膜を形成すると湿度に依存しない帯電防止材となる。しかも現像処理後もその導電性が残っている透明の永久帯電防止処理技術である。この発明が公開された後、イースタマンコダック(EK)と富士フィルム(F社)から蒸着によるITO薄膜を用いた透明フィルムの帯電防止技術の発明が数年研究され、特許がそれぞれ10件前後出願されている。
その後EKからは非晶質五酸化バナジウムの発明が行われ、この五酸化バナジウムを用いた帯電防止技術を守るように特許戦略が組まれ、おびただしい数の特許が1990年頃まで出願されている。一方のF社からはITO薄膜の発明の後、アンチモンをドープした酸化スズを用いた透明フィルムの帯電防止材に関する発明が、これまた1000件以上2000年頃まで出願されている。
<明日へ続く>
pagetop