2013.07/10 科学と技術(静電気6)
昨日、カラー複写機に用いられている中間転写ベルト(以下ベルト)の開発に過去の帯電防止技術や電気粘性流体開発の知見を動員した、と書いた。この中間転写ベルトについては公開されているテクニカルレポートで報告している。ポリイミドの溶融成膜で得られるベルトと同等以上の性能のベルトが押出成形で得られた。
このベルト用のコンパウンドは特許で公開しているように特殊な混練で得られた材料であるが、カーボンの凝集粒子が絶縁体樹脂の中に制御されて分散している。断面写真を見ると、凝集粒子の分散がパーコレーション転移を起こす手前である。しかし、インピーダンスの低周波数領域は大きくジャンプしている。これは凝集粒子を構成しているカーボンのクラスターが影響している。
この考察は単なる現象を記述しただけで、科学的にどうのこうのと説明をしていない。ただ面白いのは、外部から購入したコンパウンドで成形したベルトと比較すると電子顕微鏡で樹脂の断面写真が同じように見えてもインピーダンスの変化は大きく異なる。細かく観察するとベルトの断面写真が細部で異なっていることに気がつく。しかし、それは凝集粒子の形状観察を注意深く行わないと気がつかないレベルである。
すべての凝集粒子一個一個を確認したわけではないが、恐らく特殊な混練を行った粒子では凝集粒子の大きさが揃って密になっているので、凝集粒子1個の中でパーコレーション転移を完結し、全ての凝集粒子の導電性がかなり高い状態になっているのではないか、と想像している。それがインピーダンスの低周波数領域に影響を与えている、と妄想している。
それ以上の実験を行っていないのでこれは科学的な考察ではない。しかしこの考察をもとに現象を数値解析するとうまく合うのだ。さらにマトリックス樹脂の設計を行ってやるとかなりの高抵抗領域でもインピーダンスをうまく制御でき、高い性能のベルトができる。科学的考察はできていないが、技術的な機能実現の見通しは間違っていない。タグチメソッドの制御因子もこの見通しを指示する結果になっていた。
このベルトでは、凝集粒子1個1個のパーコレーション転移を制御しつつ、凝集粒子についてもパーコレーション転移を制御しているWパーコレーション転移制御材料と呼べる複合材料ができている。その結果キャスト成膜で得られたベルトと同等以上の機能を発揮し、トナーのきれいな網点再現性が得られた、と想像している。
中間転写ベルトはカラー複写機の重要なキーパーツの一つで、帯電と放電を迅速にできる材料物性が要求される。このニーズは電気粘性流体に使用される粉末と同様である。しかし、帯電と放電は二律背反の現象で、これを均一な一組成の物質で達成することは難しい。
放電を直流抵抗の機能だけで達成しようとすると抵抗を充分に下げなければならない。一方帯電では絶縁領域の誘電体でなければその機能を発揮できないので、抵抗を下げることができない。これが単一物質で材料設計が困難な理由である。
もし材料の直流抵抗が低くてもインピーダンスが大きいときに静電気はどうなるか。インピーダンスは、交流の抵抗として機能するので帯電しやすいであろう。このとき直流抵抗が低いので放電もしやすい物質になっている。すなわち二律背反と思われていた帯電と放電の両方に有利に機能する材料は交流の世界で考えると可能になるのだ。
問題は直流抵抗を低くインピーダンスを大きくする材料設計が可能かどうかだ。これは、抵抗とコンデンサーのネットワーク回路と同等の材料を設計し、静電容量を小さくしてゆけば、低周波数領域のインピーダンスを大きくできる。低い抵抗のまわりに大変小さい容量のコンデンサーが分散しているような回路であると低周波数領域のインピーダンスは大変大きくなる。抵抗とコンデンサーの組み合わせの一素子では達成できないがネットワーク回路ならばこの設計が可能となることが数値シミュレーションで容易に確認できる。
すなわち単一材料ではこのような材料設計は不可能だが、カーボンを分散し、そのクラスターを絶縁体の中で生成すれば直流抵抗成分とコンデンサーのネットワーク回路を実現できる。ただし、このネットワーク回路でコンデンサーの容量を小さくするにはカーボンのクラスターを制御する、すなわちパーコレーションという現象を制御しなければいけない。複写機のベルトも電気粘性流体の粉末もこのような材料設計の考え方で行った。
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