2013.07/31 科学と技術(8:高分子材料自由討論会(3))
高分子材料自由討論会で多糖類高分子の発表をした。3年前に日本化学会から依頼され雑誌「化学と教育」に執筆した内容の一部とミドリムシプラスチックを組み合わせての報告。「化学と教育」では少し書いたのですが、18年ほど前に味の素で開発されたバクテリアセルロースに触れなかったことに関して質問があった(ミドリムシよりも昔の技術に関心が高いのか、とがっくりきた)。
バクテリアセルロースに関しては当時ゼラチンとの複合系で評価し、弾性率と靱性を同時に向上できる材料として注目をし、「科学と教育」には水分散性高分子フィラーとして面白い材料と紹介した。しかし、他の材料技術と比較評価したときに、コストパフォーマンスの観点であまり面白くない材料という社内の技術的位置づけになった。
そのため「化学と教育」では、単なる添加フィラーという用い方では無く一歩進んだ技術を紹介し、高分子材料自由討論会ではナタデココの話題とともに割愛した。そのかわりに「化学と教育」では触れなかった「おから」について少し紹介した。バクテリアセルロースよりも「おから」のほうが少し面白い話題性(注)を含んでいる。
ところで、バクテリアセルロースを18年前に高分子材料のフィラーとして評価したときに問題となった、脆いゼラチンを固く割れにくくする技術として、当時シリカをコアとするコアシェルラテックスが最先端の技術として議論されていた。
シェルを構成するラテックス成分がゴムで柔らかく、これでゼラチンの靱性を改善し、シリカという固い無機微粒子の存在で硬度を稼いでいるのだ。アナログ写真におけるバインダー技術の最終完成形としてデジタル化の波が起こり始めたときに登場した。
コアシェルラテックスは当時の先端技術であり、学会でも様々なコアシェルラテックスが発表されている時期でもあった。ゼラチンにゴム成分のラテックスと固い超微粒子を均一に混合しようとすると、超微粒子が凝集し、それが破壊の起点となり、脆いゼラチンはますます割れやすくなる。この3成分の混合において超微粒子のシリカの凝集を防ぐには、コアシェルラテックスが科学的に考えて最も良い方法である。
(科学的に最も良い方法だから科学を知っている誰でも考える陳腐なアイデアとも言える。)
ところで、実現したい機能はシリカの超微粒子とゴムのラテックスとゼラチンが凝集体を作らずに均一に水に分散していること、そして塗布してもその状態が維持され、シリカの超微粒子とゴム状のラテックスがゼラチンバインダーに均一に分散し、それが割れにくく固いという物性だ。
ホワイトボードにその状態の絵を描けば、他のアイデアを引き出せるかもしれない。ゴム状のラテックスのまわりにシリカの超微粒子が分散している絵を描くことは難しくないだろう。ゴールはその絵で、それを実現すれば良い。
このような話をすると優秀な科学者は笑う。コロイド科学の常識では、電荷二重層が存在するので、混合時にこれが乱れどうやってもシリカの超微粒子の凝集ができるはずだ、としたり顔で説明する。実際の開発現場ではもっと辛辣でコロイド科学を知らないからそのような発言ができる、と全員の前で馬鹿にされるような状態であった。
転職したばかりであったが、ポリウレタン発泡体の開発や電気粘性流体の開発を通じ一応のコロイド科学の知識を教科書程度持っていたので、シリカの超微粒子をミセルにしてラテックスを重合したらこのような姿にならないか、と嘲笑にくじけず再度提案した。
この提案では8割に笑いが起きたが、一人頭の上に電球が灯った社員が現れた。彼はコアシェルラテックスの合成実験をしていたときに、シリカの超微粒子存在下でラテックスを合成したら、まったくシリカの超微粒子表面で重合が起きず、コアを含まないラテックスが合成された経験を持っていた。
コアシェルラテックスが目標だったので、その実験条件は失敗だと思っていたが、その条件を見直せばホワイトボードの絵の状態ができるかもしれない、と発言した。開発の検討過程では失敗はつきもので、失敗という経験の中には新しい科学のヒントが隠されている可能性があり、この発言を待っていた!
<明日に続く>
(注)討論会でも回答したがバクテリアセルロースに関しては20年ほど前に出願された特許の幾つかが期限切れになり、ブレークする可能性があるかもしれない。ただしブレークするためには、競合するフィラーよりも価格が安くならねばならない。例えば300円/kg以下。
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