2014.01/17 エラストマーの破壊に関する研究の難しさ
ゴムはエラストマー(弾性体)である。30年以上前、ゴム会社でゴムの研究開発を担当し、個性的な研究者が多いのにびっくりした。東大へ移られる前のN氏が霞むほどであった。指導社員のO氏は寡黙なレオロジーの大家でO氏ほど明快にレオロジーを語ってくれた指導者にこれまで出会ったことがない。その対局に声のでかいF氏という破壊力学の大家が近くの居室にいた。壁を隔てていてもその壁を破壊するくらいの声を毎日聞かされていた。勤怠表示板を見る必要の無い方であった。
O氏はバネとダッシュポットのモデルを中心にしたゴムのレオロジー研究が大きく変わると30年以上前に予見されていた。F氏は、線形破壊力学などゴムに使えない、と吠えていた。新入社員時代に初めて接するゴム技術について何を頼りに学べばよいのか悩む日々であった。しかし、O氏にしろF氏にしろ材料技術に対し独自の世界感を持たれ新入社員にとって教祖のような存在だった。
O氏から学んだレオロジーの概要については昨年紹介したので今日は破壊力学について。F氏によれば破壊力学と材料力学では破壊に至る考え方が異なるという。前者については、微小な亀裂が大きくなると、応力が小さくとも破壊に至る、と考えるのに対し、後者では、応力が破断強度や降伏応力より小さければ破壊しない、と考える。
材料力学では、材料の破壊特性を示す絶対的な強度特性値が存在することを前提にしている。そしてこれら強度特性値よりも外的負荷が小さければ材料が破壊しないので材料設計はこれらの値を基に行えば良い。しかし破壊力学では亀裂の進展を前提に考えるので、材料の中に存在する最大亀裂の大きさを検出できる非破壊検査法が重要となる。破壊力学の実用上の遅れは、この検査法の進展の遅れによるそうだ。
ゴムや樹脂が破壊したときに、実務でフラクトグラフィーによる解析を行うと破壊に至るメカニズムを推定しやすい。フラクトグラフィーは金属材料の世界で発展した方法であるが、破壊力学の論文でも登場する便利な方法であるにもかかわらず、F氏によればゴムや樹脂に用いる時には注意が必要だ、と警告している。エラストマーについていえばフラクトグラフィーを行うときの変形量は0%であるが、破壊した瞬間の変形量は500%近くの時もある、というのがその理由である。
ゴムの世界へ線形破壊力学を適用することの是非は、F氏が指摘するように破壊に至る変形量が大きいだけに悩ましい問題が存在する。しかし、大きな異物やキズが入っているゴムは、入っていない同一組成のゴムよりも低い応力で破壊に至る、というデータが存在し、日常の経験でもその傾向は一致している。セラミックスの破壊機構の研究をお手伝いした経験があるが、発生初期のキズを実験としてどのように生成させるのか、が問題であった。セラミックスとゴムでは弾性率に大きな違いがあり、その結果線形破壊力学を適用使用としたときの問題も異なる。
今でも問題は解決されていないが、材料の脆性を定量化しその比較をするときに線形破壊力学の考え方が便利であり、シャルピーやアイゾット衝撃試験では、亀裂を入れた測定を行う。フィルムの脆性評価では、耐久試験のようなMIT値を用いる。材料の脆性は、科学の未完成の世界である。
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