2015.02/27 イノベーション(18)戦略4
PPSにナイロンとカーボンを分散した中間転写ベルトの設計は、前任者の長年の開発経験から生まれた処方である。PPSという材料は大変脆い材料で結晶化しやすい。結晶化しやすいから脆い、と表現したほうがよいかもしれない。ただ、初めて押出成形を体験した時に、前者の表現のほうがあっているような感じがした。
PPSは結晶化度があがると金属音になる。しかし金属音にならなくても靱性の指標であるMIT値が3000前後なのだ。本質的に脆い材料というのが最初に受けた印象である。材料メーカーからこの脆さを改善する目的でナイロンをPPSに分散する技術が出願されていた。
前任者のアイデアは靱性改良の目的でナイロンを添加したのではなく、カーボンの分散を安定化させるためにナイロンを添加したのだという。やや説明がわかりにくかったので、どのような機構で安定化するのか尋ねたら、PPSとカーボンだけでは、カーボンの分散が不規則で押出成形を行ったときに抵抗が大きくばらつく原因になっていた。PPSに6ナイロンを分散するときれいな海島構造になるので、6ナイロンの島の周りにカーボンをくっつけて安定化させたかった、という説明が展開された。
ややおかしな説明である。それならばナイロンの島の中にカーボンを閉じ込めてしまったほうがよいのではないか、とさらに質問したら、最初はそれを狙ったが6ナイロンへカーボンをすべて分散することが難しかった、と本音が出てきた。すなわち二軸混練機でPPSと6ナイロン、カーボンを混錬すると、見た目が6ナイロンの周りにカーボンがくっついている状態の構造のコンパウンドができるのだそうだ。それでこの構造を完璧な形にしようと開発を進めている、という。また、カーボン表面にはカルボン酸がくっついているのでうまく混練を行えば、それができるはずだとも言っていた。
しかし、この願望にはやや無理がある。カーボン表面が酸化された場合にカルボン酸やカルボニルが生成する。ただし酸化処理を行わない場合にはすべてのカーボン粒子に官能基が生成するわけではない。教科書や論文にはこのあたりの説明が無い。
前任者から引き継いだテーマは、開発フェーズが最終段階なので処方を変更してはいけない、という制限もついていた。さっそく戦略4(オブジェクトの特徴となっている機能の理想形を追求する)を実行することにした。すなわち前任者が理想とした6ナイロン相にカーボンが完全に分散した状態を作り出す実験を準備した。
技術開発では、理想の構造や形を追求しながらも、それができなくて中途半端な形で出来上がっている場合がある。PPSと6ナイロン、カーボン系の中間転写ベルトもPPSとカーボンの組み合わせコンパウンドを用いた場合より抵抗が安定していた。まれにスペックを満たすベルトができたりしていたので、開発フェーズが最終ステージまで進んでしまったのだ。(続く)
カテゴリー : 一般
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