2015.04/05 実験のやり方(4)
電気粘性流体(ERF)は、オイルと特殊な半導体微粒子の組み合わせで作られた、電気制御により流体から固体あるいはその逆へ可逆的に変化できる流体である。その面白い特性以外に振動吸収システムやブレーキ、姿勢制御システムなどを単純な機構で設計できるため注目された材料である。このレオロジー流体開発初期に問題となった現象が、ゴムと接触している部分で、ERFのオイルがゴムに配合された成分を抽出するために増粘してしまう欠点である。
ゴムから抽出された物質のため、電流OFFの状態の粘度が100倍以上ひどい時には10000倍に跳ね上がり機能をしなくなる。電気粘性流体の実用化を目指していたゴム会社で1990年ごろ耐久試験で見つかった現象である。ちょうど高純度SiCの事業化を住友金属工業(株)小島氏と検討し始めたころで、忙しくなり始めていた。突然降ってわいた災難のように電気粘性流体の耐久寿命を上げるプロジェクトに加われ、と指示が出た。
現象から判断して、科学的対策は界面活性剤を電気粘性流体に添加する方法以外に無い。すぐにリーダーに提案したところ、そんなことは誰でもすぐに思いつき、既に一年間検討し、その方法ではできないという結論を出している、とすごいことを説明してきた。そしてほかの方法を考えるように指示をしてきた。科学的な他の方法は無い、と即答したところ、叱られた。
仕方がないので上司と相談したら、一週間程度で回答を出せるか、と言われた。そして、過去の界面活性剤の検討経緯の資料を見せてくれた。それは見事な否定証明で展開された科学的論文であった。報告書を読む限り、界面活性剤では、対策できないことになっている。まともに攻めたら見つからないことは、その報告書から理解できた。しかし、「現代の科学で考える限り、界面活性剤が最良の対策手段」と上司に告げ、コンビナトリアルな手法で行うと説明した。
具体的な説明をせよ、と上司だけでなくプロジェクトリーダーから責められた。手当たり次第に増粘した電気粘性流体に界面活性剤を添加し、放置して粘度が改善された界面活性剤を選ぶ、と答えたらプロジェクトリーダーからふざけるな、と叱られた。すでに報告書もできているので無駄な作業だ、と一蹴された。一週間だけ時間をください、とお願いし、上司と二人になった場所で報告書の感想を述べた。
上司にふざけて回答した訳ではないことを説明した。上司は優しく、増粘した電気粘性流体に界面活性剤を添加する検討は誰もやっていなかったのでうまくゆくかもしれないと思ったが、担当者には増粘前に界面活性剤を添加していた場合との違いが無い点に目がゆき、ふざけるな、と言う言葉になったのだろう。君が自信のあるアイデアの背景を説明して欲しい、と言われた。
自信など無かったが、この現象を科学的に解決できるとしたら界面活性剤以外にありえない、ということと、報告書では市販の界面活性剤についてはほとんど検討しつくされていたが、界面活性剤として市販されていない界面活性効果をもつ物質については検討されていないことを指摘した。そして市販の界面活性剤について多変量解析を行った結果を示し、報告書に書かれた界面活性剤を主成分マップに展開したところ、検討が手薄な領域のあるところがわかった、と説明した。
すなわち、HLB値を軸に過去の検討結果をマッピングすると、くまなく完璧に検討されているように見える。教科書には界面活性剤と言えばHLB値、と書いてあるので、科学的に正しい検討結果に見えるが、技術の視点で見た時に、界面活性剤の機能を見出していないのだから、検討は不十分ということになる。
科学的な考察でやりつくされたように見えても、主成分マップに展開すると検討されていない領域が存在するので、検討不十分と言う評価は間違いではない。さらに、科学的に進められた実験で科学的に正しい結果が得られたからといっても、機能を実現できなければ、技術的視点から一連の実験は失敗という評価になる。
カテゴリー : 一般
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