2015.07/31 未だ科学は発展途上(10)
転職してすぐに実験室の隅に放置してあったT社製の酸化スズゾルを見つけた。実験に使用したらしく、2lほどの容器に半分位が残っており、管理が悪かったようで水飴状になっていた。
担当者に処分して良いか尋ねたところ、もう腐っているかもしれないから捨てて良い、との回答。とりあえず容器の蓋を外し、紙製の簡易蓋をして、ドラフトに放置した。特にその時実験のあてがあったわけではない。
濃度不明のゾルのサンプルを活用するためには、溶媒をすべて乾燥して溶質を取り出す方法しかない、と考えたからだ。取り出してどうするかは、その後考えるつもりだった。捨てる以外に用途が無いサンプルでも、学生時代から新素材であればとりあえず保管する習慣だった。捨てるのはいつでもできるのである。
貴重と思われるサンプルは1年間保存してみると便利なことがあった。電気粘性流体の問題を解決したときにも、保存していた特注品の界面活性剤が役だった。また、酸化スズゾルは当時高価なサンプルだった。ゾルに含まれる高純度酸化スズを保管しておこうと思いついてその処理をした。処理と言ってもドラフトに放置するだけなので手間はかからない。
転職し1ケ月以上過ぎてから帯電防止技術の特許問題を調査することになった。ドラフトを覗いたら、酸化スズゾルの溶媒は無くなり、溶質のみ容器の底にこびりついていた。それを取り出し細かく砕いて錠剤を作り、電気特性を評価したところ、酸化スズゾルに含まれていた非晶質の酸化スズは導電体であることがわかった。報告書と異なる意外な実験結果だったので、さらに実験を進めた。解析評価なので科学的に進め、活性化エネルギーの測定やコールコールプロットの結果から電子伝導であることを明らかにした。
さっそく新たな酸化スズゾルをT社から購入し、スプレードライ法やホットプレート法で溶質を取り出し、同様の実験を行うとともに、X線散乱データから結晶化度を調べた。驚くべきことに、ホットプレート法で取り出した酸化スズは結晶化度と電気抵抗は高かったが、その他の方法の酸化スズは非晶質で、電子伝導性を示した。
科学論文を調査しても酸化スズゾルの研究報告書は少なかった。特にその導電性について研究した論文はなかった。科学では結晶化した材料は同定が可能で研究が容易だが、非晶質材料は同定が難しいので論文が出ていないのであろうと考えた。非晶質材料の研究ではガラスの研究が有名だが、酸化スズはガラス状態にならない。
カテゴリー : 一般
pagetop