2015.08/01 未だ科学は発展途上(11)
論文調査を行っても酸化スズゾルに含まれる粒子の導電性に関する詳細な研究報告書は無かった。T社に尋ねても測定をしていないという。そのかわりDSCなどの熱分析のデータをくれた。その他の技術データは無いのか、と尋ねたら電子顕微鏡写真ぐらいだとの回答。
T社は中堅企業だったが、科学者としてそれほどレベルの高い研究者が揃っている企業ではない。ゆえに科学的なデータを期待してもだめだとあきらめ、自分で電気特性などを計測した。そしたらびっくりするような結果が出た。ライバル企業の特許に書かれていた技術と異なる世界があることに気がついた。
ライバル企業は科学者としてレベルの高い研究者も揃っている会社なので、特許に書かれている内容は,科学として怪しくても技術として正しい機能に基づく成果だろうと想像した。そして自分が得たデータは、ライバル企業が実現した技術と異なる技術ではないかと想像した。科学では真理が一つであるが、機能を実現する技術ではその方法は、人類の創造という活動が続く限りいくつも出てくる。
特許に書かれていることには嘘が多い、と言う人がいるが、それはいかがなものか。一応は技術レポートの一つである。科学の視点から間違っていても、技術の視点からは正しい、と信じて読むべきである。特許とはそういう読み物であり、科学が発展途上である限り、科学的に怪しい特許が今後も大量に出願されるだろう。実施例など捏造されたデータではないかと思われても科学論文ではないので許されるのである。「技術報告書」として読むと技術開発の現場では科学論文よりも参考になる。
特公昭35-6616は、昭和40年前後に書かれたライバル企業の古い特許には従来技術として引用され、それは欠点のある技術とされた。そしてその特許を出願した企業の30年後の若手社員からは嘘が書かれているんだろう、と簡単に否定された。ところが自分の測定したデータでそれを眺めてみると、すばらしい技術成果の報告書であり、ライバル企業と異なる技術の世界が開けている。
そこで特公昭35-6616に書かれた実施例のトレースを改めて行ってみたのだが、少してこずった。実施例に書かれていない条件で生成物が変化するのである。しかし実施例を特定の条件で追試すれば特許に書かれたグラフに近いデータが得られる。苦労はしたが再現できた。このようなケースではできると思って実施しない限り、上手くいかないものである。そこから技術とは「思いを実現することだ」と言った人がいる。
ところで、ここに至るまでのプロセスは科学的には行っていない。できないと一度は否定された技術なので、すべて試行錯誤か厳密な同定を行っていない適当な実験を行っている。しかしテキトーではあったが、酸化スズゾルを用いた帯電防止層の技術を生み出すことができ、ライバル企業の特許網に穴を開けることに成功した。
まじめに行った科学に基づく実験では、実施例を再現できず否定証明を生み出す結果となったが、テキトーな実験で昔の埋没していた自社の技術を発掘することができた。分析や解析評価はまじめな科学的推論に基づく実験が必須であるが、ものつくりでは、テキトーな実験でも技術を生み出すことができる。これが許せない人もいるようで20年以上まえに電気粘性流体の技術を創り上げた時にはゴム会社でひどい目にあった。ただ、この事件で技術と科学の違いを明確に意識した仕事をする必要性を開眼し、転職した写真会社では創造した技術に科学の香りをつけるような仕事のやり方をした。
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