2015.11/04 PPSと6ナイロンの相溶
ポリマーアロイを設計するときに重要な理論としてフローリー・ハギンズ理論がある。この形式知では、χパラメーターが定義されているが、その実体は自由エネルギーである。だからこのパラメーターが正の時に高分子は相溶しない、というのは容易に納得できる。
しかし、これは平衡状態における話だ。非平衡状態ではこの限りではない。当方の実践知によればしかるべき条件が揃ったときに、コンパチビライザイーが無くても二種の高分子の組で相溶が生じる。
この実践知を獲得したのは新入社員の時だ。二種類のゴムをロールに巻き付け混練すると、相溶しないので全体は白っぽくなる。形式知に合致した現象が起きているのだが、ある日、それが透明になる瞬間を発見したのだ。どのようなゴムの組み合わせでも透明になるこの不思議な現象は、カオス混合装置を考えるヒントになった。
最初にその現象を発見したときには、目を疑った。その後頭を疑った。そして学生時代には理解しにくかったフローリー・ハギンズ理論をすっきりと整理できたのでびっくりした。形式知と実践知をうまく組み合わせて考えることができるようになったのだ。教科書では曖昧な説明がなされているχパラメーターの問題について、その曖昧の中身が見えた瞬間である。指導社員は当方を熟練者の仲間入り、と褒めてくれた。
STAP細胞の騒動では未熟な研究者が話題になった。あの事件では、彼女の年齢と一時期でも学位を授与されたキャリアから彼女自身の責任は大きいが、もっと責任が大きいのはこのような研究者を生み出している大学である。自動車ならばリコールすべき事態である。リコールとは修復して社会に戻す作業を言う。スクラップにするのは損失が大きいので、リコールで修復するのである。リコールして修復しないのは、社会的責任が欠如していると言っても良い状態だ。
話が脱線したが、STAP問題の原因の一つに形式知と実践知、暗黙知という知識の特性をよく理解していない「無知」の問題があった。そして倫理感も含め、科学者として未熟という言葉が使われた。「PPSと6ナイロンを相溶させる技術」では、もし当方が無知な状態であれば、実用化できなかった。この技術開発では、周囲の理解と期限内にプラント建設の資金を得る必要があった。そのため形式知と実践知を迅速に周囲と共有化する必要があり、未熟な状態ではゴールにたどり着けなかった。
すなわち形式知と実践知を周囲に理解させる手段や方法は大きく異なり、前者は科学的論理で正しく行えば良いので容易だが、後者はそれだけではダメで納得を得るための細心の配慮が必要なのである。前者は、仮に理論だけであってもそれが真理の積み重ねであれば周囲の支持が得られやすい。そして、新たな仮説を確認するための実験を行うチャンスもできる。ところが、後者では、実体が経済性も含め再現よくできることが厳しく求められ、繰り返し再現性が否定された時点で、議論は終わりとなる。