2015.12/17 評価されない仕事
写真フィルムの乳剤と支持体PETを接着する層に、反応後は活性が無くなるが、反応前は変異原性のある素材が使われていた(注)。そこで、それを使用しなくても乳剤をPETフィルムに接着することができる、新たなコンセプトの接着剤を開発した。ところが、これを製品に展開するには大変な工数が必要だった。
なぜなら、過去に開発された製品についてもその素材を使用しない接着層に変更しなければならないからだ。しかし、その接着層に変更したから性能が上がるわけでもなく、コストも下がるわけでもない。せっかく技術が出来上がっても製品展開の煩わしさを考えると、皆二の足を踏んでしまう。新製品から展開することにしても、製造部長からは全部新技術にしない限り、品種が増え迷惑だ、と言われる始末。
それでも写真会社には、まともな技術者がいた。製品開発を担当していたリーダーが、大変だがやりましょう、と言ってくれたので開発技術が無駄にならなかった。そして無事にすべての品種へ新技術を展開できたが、このような仕事だったので高分子材料部門のリーダーとして評価されなかった。
その後リストラ左遷となり、豊川へ単身赴任することになったのだが、それでもこの技術開発は技術者として推進してよかったと思っている。製造現場の作業環境を大幅に改善したのである。
技術の成果に対する会社の評価は低かったが、新たに開発した単膜の評価技術やその評価を活用した材料設計手法は少なくとも担当した技術者たちの実践知になった。とりわけ架橋剤を用いなくても接着剤を設計できる技術は、ゴム会社では常識でも世間では未だノウハウとなっている。単なる形式知であれば、教科書にその内容が少し書かれているが、その程度では製品に搭載可能な技術を生み出すことができない。
ふとフォルクスワーゲンの技術者たちの行動が頭に浮かんだ。彼らは不正プログラムを搭載した最初の製品が問題にならなかったことに味をしめたのではないか。不正プログラムを搭載した車が1年以上問題にならずに市場で販売されたので、その後の製品開発で不正プログラムを使用しない技術を開発しなくてもいいのでは、と思った可能性がある。
ましてや、不正プログラムを使用し製品化したリーダーが評価され出世していたなら、その後に続く技術者がおいそれとその問題を扱いにくくなる。下手に、不正プログラムを使用しない技術開発など企画したら、出世した前任者に恨まれかねない事態になりそうだ。
長期間不正プログラムを搭載した車が放置され、その後の新製品にもそのまま登載された背景には、最初に不正プログラムが搭載された車を改良する仕事が、評価されない仕事になっていたのかもしれない。しかしたとえそのような扱いになっていたとしても、技術者ならばそれを改善しようとする気概を持ってほしい。
(注)反応活性のある物質は何らかの変異原性反応を示すモノが多い。反応後は活性点が無くなるので無害となるが、1990年代の環境問題関連の法律が検討され始め、メーカーの主要テーマとなりつつある時代の話である。少しでも環境負荷を低減する視点で、担当分野の技術を見直し、最初に手がけたテーマがこの難題だった。
カテゴリー : 一般
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