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2016.01/11 高純度SiCの発明プロセス(9)

フェノール樹脂の廃棄処理作業を利用して行った実験では、実用的な条件を見出せなかったが、フェノール樹脂とポリエチルシリケートとを混合して、シリカが沈殿せずいつまでも透明になっている液体を創りだすことができた。この1ケ月後には無機材質研究所への留学を控えていた。実験の続きは、2年間の留学を終えてから実施するつもりでいた。
 
しかし、留学したその年にその実験の機会が訪れたことは、一年ほど前の活動報告に書いたので、ここでは省略する。高純度SiCの前駆体ポリマーはこのように試行錯誤の結果完成したのだが、この前駆体ポリマーの合成条件については再現性やロバストも高く、実用性の高い技術であった。
 
ただ前駆体ポリマーの品質管理方法の問題が残っていた。すなわち、前駆体ポリマーが本当に均質であり、それを炭化した時にシリカが分子状態でカーボンに分散しているかどうかを科学的に証明(注1)するとともに、一定の品質を管理する方法を考えなくてはいけなかった。
 
この点については、最初から炭化物についてSiC化の反応を動力学的に解析してやろうと決めていた。すなわち、SiC化の反応速度論について、形式知として結論を出してやろうという野心をもっていた。
 
当時シリカ還元法の反応機構については諸説あり、SiC化の活性化エネルギーも形式知として存在していなかった。ゆえに、この形式知が定まっていない状態を科学的に終結させれば学位を取得できると考え、学位取得をめざしていた。
 
しかし、SiC化の反応をモニターするためには2000℃まで短時間に昇温可能な熱天秤(TGA)が必要だが市販品に無かったので新たに自分で製作しなければいけないという壁にぶつかった。この壁は2000万円かけて熱天秤を手作りして乗り越えたが、自作した高性能超高温熱天秤が完成して、美しいデータを見た時には感動した。
 
解析結果は、当方の学位論文を読んでいただきたいが、SiCの前駆体ポリマーの効果がそのまま現れているきれいなデータである。ただし、これは捏造ではない。熱天秤の生データも載せているので見ていただきたい。わずかであるが、プログラムで取りきれなかったデジタルノイズがでている。
 
アナログデータを出力し、チャートから解析する方法もあったが、速度論の解析をアナログチャートを使って人為的に行うとやや恣意的な解析も可能となるので、すべてコンピューターに解析をやらせた。すなわち、科学的研究では真理こそ真摯に追及すべきゴールなので、客観的なデータ処理(注2)に徹底して拘った。おかげで、C言語のプログラミングスキルを身に着けることができた。当時気軽に使えたN88BASICは計算精度とその処理速度に問題があったので、処理速度の遅いパソコンで計測制御を行うためには、アッセンブラーかC言語をどうしても学ぶ必要があった。
 
(注1)電子顕微鏡では、フェノール樹脂とポリエチルシリケートのコポリマー及びそれから製造された炭化物についてシリカが粒子として析出していないことを確認していた。また、SiOはフッ酸で除去できるので、表面をケミカルエッチングした状態も観察していた。しかし、電子顕微鏡観察という手法は、極めて狭い領域観察であり、科学的な証明に用いることができても、実際の生産になると、大きな領域での均一性が問題になる。そのためマクロ的な均一性をどのように確認するのかという問題が発生する。TGAの実験は、数百マイクログラムまでの量の均一性を評価したり、加熱条件の違いで反応がどのように変化するのか確認できた。すなわち品質管理に必要な装置であったが、SiC化の反応炉設計のためにも重要な設備だった。
(注2)STAP細胞の騒動では、論文データの扱いについてどこまで捏造なのか議論になった。40年前の学位論文を見ていただければ分かるが、その時の議論を当時の学位論文に適用したら、捏造と言われても仕方がない論文は多数存在する。ちなみに当初ゴム会社が国立T大に多額の奨学金をお支払いしていたので学位の面倒を見ていただいたが、お手本のためにみた学位論文にはひどいものがいくつか存在した。生チャートをそのまま載せるのではなく、写し取ったグラフを載せているのだが、本来存在すべきシグナルが何故か存在しないチャートを平気で載せている論文もあった。たまたまリン系の化合物について多数分析していたので気がついたのだが、それでも許された時代があったのだ。また許された、というよりもチャートから写しとって掲載するように指導もされた。ご指導されたとおり論文に掲載したが、今のようなデジタル処理ができない時代には、何でもありの時代だった。研究者が善人ばかりの時代の良き思い出であるが、疑問に感じていたので、データ収集から解析まですべてプログラムで処理する方法を選んだ。データ処理をどこまで凝るのかというのは、本質とのバランスだろうが、現代は40年前よりもデータ処理に関しては厳しく管理すべき時代と思う。
(注3)学位は子供の頃からの目標と夢であり、学位論文にはこだわりがあった。以前の活動報告に少し書いたが、わけあって国立T大で学位を辞退することになった。英文で学位は完成していたのだが、中部大学では、英文ではコピペを見落とすので全部日本語で書くように指導された。しかし驚いたのは、細部に至り厳しいチェックを何度も受けたことだ。見本でみた学位論文の品質から十分にそのレベルを満たしていた、と思った論文に容赦なく赤ペンが入り、書き直しを何度もすることになった。だから、STAP細胞の騒動で露見した学位論文の問題にはびっくりするとともに、学位とは何か、という問題を改めて深く考えさせられた。学位とは指導者にとっても責任を問われる作業なのだが、それを正しく理解していない先生がおられるのだろう。価値ある学位とは、授与する側とされる側が科学の真理に対し、誠実で真摯に対応したかどうかで決まる、と思っている。国立T大で受けた指導時間と中部大学で受けた指導時間では圧倒的に後者が長かったが、審査料8万円という金額で恐縮した。
  

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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