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2016.01/22 21世紀の開発プロセス(9)

解剖で得られた生データと解剖前の力学物性データとをつきあわせていても理解できなかった関係が、12社の乗用車用タイヤを解剖して得られたデータを多変量解析したところ、見えるようになってきた。12社のタイヤは各社の代表的なタイヤであり、一定の品質水準を満たしていた。ゆえに、タイヤの要所となる部位の力学物性は、どのタイヤも同等で、これはタイヤ解剖前に測定評価を行い確認していた。
 
解剖前の大雑把な見通しが正しければ、多変量解析で標準化されたデータを用いて、解剖前に確認したデータを説明できるはずである。この視点で解析結果を眺めたところ、タイヤの各部位で必要な力学物性を満たすために各社それぞれ内部構造を工夫している、という当たり前の結果となっていた。この当たり前の解析結果がでたことで皆納得し、安心した。
 
そして統計的に集約された新たな変数を用いてタイヤ軽量化方程式を組み立て、各変数に実現可能な数値を入れたところ、最もタイヤが軽量となる数値の組を求めることができた。そしてその結果に従い、タイヤを製造したところ、重量は最も軽くタイヤに求められる力学物性も満たしたサンプルを製造することができた。また、そのサンプルは簡易耐久試験も無事合格した。
 
プレゼンの資料作りは発表会直前までかかったが、その結果には自信を持っていた。しかし、発表練習もしないで発表会に臨むという事態になり、誰が発表するのかが一番の問題となった。くじ引きの結果、当方が発表者を務めることになったが、プレゼン終了後S専務からすぐに質問が飛びだした。「君にとって、軽量化タイヤとは何か」。
 
それは哲学的な質問に聞こえたが、「多変量解析により見いだされた設計因子を用いて生み出された世界一軽量のタイヤ」、と自信たっぷりに答えたら、「ばかもん!」となった。そして、「そんな簡単にタイヤができるならば、誰も苦労しない。」とか、「タイヤは今でも分からないところが多く、新製品の最後は実車耐久試験を行い、それに合格してようやくタイヤと呼べる商品になるのだ」などとタイヤ技術に関する厳しい言葉が機関銃の弾のように飛んできた。
 
当方は、はりつけ状態でS専務の言葉を真正面から受けることになり「科学の時代に--」、と言いかけたところで他のメンバーが、皆一斉に起立し、「ありがとうございます」と頭を下げた(注)ので、その場はそれで終わった。その後、人事部長が実習打ち上げの席で、「あれは君たちに言ったのではないから」とかいろいろねぎらいの言葉をかけてくださったが、S専務の「科学の時代でも科学で解明できない技術の世界がある」という泥臭い説教が心に残っていた。
 
その2ヶ月後配属発表の日の朝早く、同期のUが部屋へ訪ねてきて、「本日は休み、辞表を提出する。そして故郷へ帰る。」と言い出した。彼の言い分は、「この会社には技術というものが無い。ここで技術者として働く気持ちが無くなった」というのである。当方は、半年の実習で十分に技術を学ぶことができたのではないか、と説得したが、S専務の説教はじめ幹部の方の技術に対する考え方がおかしい、と意見はかみ合わなかった。(続く)
 
(注)報告内容について、上司の考えている世界観と大きく異なる時、不条理であってもまず頭を下げて1テンポとり、その後報告内容を再度どのように伝えるのか考える、という姿勢は、サラリーマンとして重要な知恵である。これがすぐにできるかどうかは、未だに出世に大きく影響する。「とんがった人材募集」などという掛け声があっても、若い人は注意したほうがよい。仕事の成果はとがらせるが、不条理な状況でも頭を下げられる、欺瞞と誠実さに決断を出すことができる勇気は、コミュニケーションで大切である。すなわち、コミュニケーションでは、相手に自分の伝えたいことを伝えることが最も大切なことである。しかし、これはなかなか分かっていても実行できない習慣であるから早く身に着ける努力をすることは肝要である。体育会系の人材が好まれるのは、この習慣が学生時代にすでに身についているからである。この習慣については、よく「馬鹿になりなさい」とアドバイスされるが、馬鹿ではできないと思っている。やはり、ビジネスで重要なコミュニケーションにおいて、相手に伝えるべきことは、喧嘩してでも伝えなければいけない。それが真摯で誠実と言うものである。これを適当に妥協してお茶を濁し、事なかれ的に妥協するのは、不誠実だけでなく、伝えなければいけないと思う責任感を欺いているのだから欺瞞である。対立状態になると思われた時に、まず頭を下げるには「馬鹿になること」ではなく、報告すべきことを伝えるための誠実さを発揮するために一時自己欺瞞を実行する自分に対する勇気が必要である。

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