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2016.05/10 煙草の煙

煙草の煙というタイトルだが、五輪真弓の歌ではない。写真フィルムの社内規格「タバコの灰付着テスト」のことである。退職後この欄の読者から指摘されるまで、JIS規格だと思っていた。転職したときに上司からJIS規格と教えられたので、番号など確認せずそのまま信じていた。
 
写真フィルムの重大品質問題として帯電がある。デジタルカメラの普及で、もう写真フィルムは使われなくなったので写真フィルムの話題など時代遅れだが、三菱自動車の問題でふと思い出したことがあるので書いている。
 
この「タバコの灰付着テスト」は、吸いたてのタバコの灰の上で帯電させたフィルムをかざし、どのくらいの距離で灰が付かなくなるかを見るテストである。具体的には、ゴムでこすったフィルムを2mぐらいの高さからタバコの灰に近づけ、灰が付き始めるときの距離を求める。
 
湿度10%の部屋でこれをおこなうと、帯電防止処理されていないフィルムでは、2mの高さでもタバコの灰を吸いつける。面白いぐらいに灰が飛び上がってくる。はじめてこの実験をやった時には面白くて、サンプル数を忘れて実験を行っていた。
 
ただ、このタバコの灰を集めるのが大変である。すでに20年ほど前から煙草を吸う人は少なくなっていた。だから研究費用で煙草を購入し、喫煙者にお願いし煙草の灰を作ってもらっていた。この作業は、そのうち問題になるかもしれない、と思い、このテストに代わる試験評価法開発の企画を提案したら、JIS規格だからこの方法以外駄目である、ということになった。
 
しかし、このテストの泣き所は、灰を集める作業だけではない。高湿環境の試験では、灰が大量にいる。すなわち灰が吸湿するので一回一回灰を交換しなくてはいけないからだ。低湿環境の実験では手を抜いても問題にならないが、高湿環境ではデータが大きく変わる。
 
ゆえに初めての人には楽しい実験となるが、やりなれてくると代用評価法が欲しくなる、という声が多かった。そこで代用評価を開発したのだが、灰付着距離ときれいに相関する評価技術が完成した。また、その科学的根拠も福井大学客員教授時代に明らかにし、灰付着テストに代えて行ってもよいレベルまで評価技術を磨き上げた。
 
しかし、この科学的に優れた評価技術でも、その使用は研究開発段階だけで、商品の評価にはやはり「タバコの灰付着テスト」を使うようにしていた。それは、これが商品の規格と教えられたからである。もし三菱自動車の技術者も当方と同じ感覚であったなら、今回の不祥事を起こさなかったに違いない。
 
どのように優れた科学的な評価技術があったとしても、商品規格として公的に認められるまでは使っていけないのである。せいぜい使えるのは研究開発段階だけである。商品として世に送り出すときの評価技術は、たとえそれが非科学的であっても商品規格であれば、定まった方法で愚直におこなわなければいけない。当たり前のことである。科学的な方法だからと煙に巻いてはいけない。
 
 

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