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2016.06/01 科学の知識(3)

ゴム会社で30年以上事業が続いている高純度SiCの生産だが、そこに用いられている前駆体の合成法は、科学的に発明されたのではない。非科学的方法で発明された。
 
当時科学の知識を駆使した科学的方法論がすべての時代に、少し世間に対して斜に構えた優秀な指導社員に指導された方法論の成果である。
 
ゴム会社で研究所に配属された時に最初の上司である指導社員は、京都大学出身の物理屋でレオロジーが専門の技術者だった。器用に関数電卓で常微分方程式を解き、仕事を進める科学者でもあった。
 
彼の科学者としての側面は、恐らく超一流のレオロジストだろう。粘弾性論を駆使し材料設計を行う姿は、技術者と言うよりも科学者そのものである。3ヶ月間の課内会議で提出された報告書は、防振ゴム設計に関する論文そのものだった。そこには毎月一つの真理が導かれていた。
 
課長も彼以上に詳しい人はいない、と言われていたから、おそらくゴム業界を代表するぐらいの人物だったようだ。ただ、少し変わっていて、学会活動には背を向けていた。どこの学会にも所属せず、たいていの人は好んでいく学会主催の講演会などの出張も辞退していた。
 
しかし、論文だけは、たくさん読んでおり、こうして情報が簡単に入手できるのにどうして学会に出かけなくてはいけないのか、今のレオロジーは10年後には激変する、とつぶやいていた。
 
火の着いていないタバコをくわえ、このようなつぶやきと蘊蓄を少し語り、そしてタバコに火をつけるのが癖であった。今となってはその通りになったつぶやきが、当時正しいのかどうか判断できなかったが、蘊蓄は形式知を一刀両断にする鋭さがあった。あたかも木枯紋次郎のように見えた。
 
当時情報検索のサービスが使える環境で、さらに社内には不完全ながらネットワークが存在し、予算管理の端末が部単位で設置されていた。そこからはカタカナ出力しか得られなかったが、IBM製の3033というメインフレームにつなげられており、科学計算のサービスも利用できた。
 
新入社員の研修ではCTOから技術の重要性を熱く教えられたが、配属された研究所は科学一色で運営されていた。また社内では「雲の上の部署」とも言われており、業務は科学的に進めることが基本方針として存在した。
 
しかし、指導社員は、その形式知中心の運営に反発していた。ゴム材料は形式知の世界だけで語れない材料だったからだ。レオロジストであった彼の目には、当時の粘弾性論の限界が見えていた。
 
そして物理屋では手に負えない世界だとも嘆いていた。但し嘆くだけでなく、科学と少し異なる方法論を現場で指導してくださった。高純度SiCの前駆体合成法は、その方法論により開発に成功している。

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