2016.07/21 とにかく明るい安村(3)
裸が重要と勘違いしたライバル会社は、あわててアンチモンをドープした酸化スズ(ATO)を用いた帯電防止層の特許を発明として出してきた。これは、当時インジウムをドープした酸化スズ(ITO)と同様に、透明導電体として知られていた。
すなわち、特公昭35-6616を比較例としたライバル会社の特許は、透明導電体というあたりまえの材料をあたかも特殊な技術のように書いた二番煎じの特許で、裸のお盆芸人と同じ発想に由来している。
特公昭35-6616特許に用いられた高純度酸化スズゾルは、合成条件により絶縁体から導電体まで変化する。さらに仮に導電体の酸化スズゾルを合成できたとしても、それを水溶性のバインダーとともに混合するとパーコレーション転移がおきにくく、その結果この混合液を塗布してできた薄膜は絶縁体となる。
特公昭35-6616特許では、パーコレーション転移を制御できて、すなわち、合成条件も最適化された導電性のある酸化スズゾルとパーコレーション転移制御技術と組み合わせて初めて技術として完成する複雑で難解な発明なのである。この複数の因子が重ね合わさって初めて帯電防止層の技術として完成する点が、とにかく明るい安村の芸に通じるところがある。そして、「安心してください」に相当するフレーズはパーコレーション転移である。
パーコレーション転移は、数学者が示したように確率的な現象で、制御できなければ技術として安心して使えない。特公昭35-6616は、これを安心して使えるように示した特許である。すなわち「安心してください、転移を制御していますよ」である。
とにかく明るい安村は、そのわかりやすい芸で日本中の笑いを取ったが、特公昭35-6616は、難解ではあるがその先進性でライバル会社を刺激し、300件近くのお盆芸人特許を出願させた。
しかし、多数の特許はすべて乳剤との組み合わせ特許で、一番のキモとなる、すなわち技術の要となるパーコレーション転移の重要性を示す技術に発展しなかった。約30年後当方が転職して、その特許と出会い、その技術の神髄を復活できたのは偶然(注)だった。この特許に出会い、転職時のもやもやは少し癒やされた。
(注)当方がセラミックスの専門家であったことと電気粘性流体の開発でパーコレーションという現象を調べていたことは、偶然のできごとである。当時材料関係の論文では、その考察を複合則で行っていたケースがほとんどで、パーコレーション転移で考察していたのは、東工大の住田先生の論文だけだった。しかし、その論文は少し難解だった。転職した会社で特許戦略による出願を終えると、すぐに日本化学会で発表活動を行った。その過程で当時の若手部下が講演賞を受賞している。また、初めてこの技術を実用化した印刷感材では印刷学会賞を、一方帯電防止層については日本化学工業協会から技術特別賞を受賞している。
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