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2016.11/14 知識労働者の仕事

故ドラッカーは、現代を知識労働者の時代と表現した。昨日も少し書いたが、AIが普及したときに、AIにできない仕事とは、あるいは人間らしい知識労働のやり方とは、と考えてゆくと、仕事は人生と関わってくる。あるいは、人生との関わりをもてる仕事をしているのが知識労働者という言い方もできるのかもしれない。
 
現代の人間が生きてゆくためには、働かなければいけない。その働き方は、ただ指示されたことを指示されたとおり、機械的にこなしているだけでは面白くない。故ドラッカーはどのような仕事でも現代の仕事では知識が求められている、と語っている。もし、自分の仕事には知識がいらない、と思っている人は、働き方が悪いのかもしれない。
 
このあたりについては、故ドラッカーの少年時代の話が大変参考になる。まさに知識などいらないような仕事をドラッカー少年が担当していたときの話である。そのような仕事に対しても、ドラッカー少年は「知識を適用した」のである。
 
この「知識を適用」する働き方が知識労働者の働き方であり、どのような職種でもこのように捉えると知識労働者の仕事になる。言い換えると、仕事が知識労働者向けかどうか、ということではなく、どのような仕事にも知識を適用する働き方ができる人を知識労働者という。
 
このようにドラッカー流に考えると、いくらAIが進歩しても、人間の働き方が知識を適用する働き方である限り、そしてその知識の源泉を人生に求める限り、人間がAIに取って代わられる時代とはならない。
 
逆に仕事を自分の知識と切り離して働くような働き方をする人は、仕事の現場からAIによりはじき出される可能性がある。ここで「知識を適用」する働き方とは、というのが問題になる。
   

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