2017.05/03 科学の問題(7)
電気粘性流体の増粘問題を界面活性剤で解決した体験を過去にこの欄で紹介している。その解決方法を一口に言えば、試行錯誤である。増粘した電気粘性流体を多数のサンプル瓶に入れ、そこへ手持ちの界面活性剤を添加し、一晩放置したところ、粘度の下がっていたサンプル瓶があったので解決できた、という話だ。
ところが電気粘性流体の増粘問題を界面活性剤では解決できない、という科学的証明を1年近くかけて研究を行っていた複数の優秀なスタッフがいた。当方がこの増粘問題のお手伝い業務を依頼されたときにはそのような話を聞かされていなかったので、業務を頼まれてたった一晩で問題解決できた、と言ってしまった。
会社で忖度の無い発言は敵を作る。しかし、電気粘性流体の実用化は研究所内の重要テーマで後工程へのお客さんに完成品を渡す納期が迫っていた。そこで界面活性剤を第三成分と名前を変えて、「界面活性剤では問題解決できなかったが、第三成分で解決できた」として当方の成果は報告され、このアイデアが問題解決法として採用された。
研究所の報告では第三成分と表現されているが界面活性剤のことである。なぜ第三成分と表現しなければいけないのか上司に尋ねたら、界面活性剤に関する報告書の存在を知らされた。歪んだ報告であったが、当時は採用されるとのことで了解した。
ただ、この時に組織の問題に気がつくべきだった。写真会社へ転職しても前任者の間違いを正さない組織活動における悪い慣習を見てきたが、オリンパスや東芝の例もあるので、そろそろこのような組織のあり方を反省すべき時ではないか。
増粘した電気粘性流体へ思いつくすべての種類の界面活性剤を添加する実験を実施しておれば簡単に解決できたのに、なぜ優秀なスタッフが1年もかけて問題解決できなかったのか。理由は単純で、当方の様な試行錯誤ではなく科学的に問題解決を進めたからである。
教科書を読むと、界面活性剤はHLB値でその性質を科学的に記述できる、と書いてある。これは間違いではない。しかし、世の中には同じHLB値でも界面活性効果が微妙に異なる界面活性剤が存在する。すなわち界面活性効果とHLB値は1:1対応の関数関係ではない。
優秀なスタッフは、HLB値の異なる界面活性剤20種類前後を徹底的に研究したらしい。そしてあらゆるHLB値の界面活性剤を使用しても電気粘性流体の増粘問題を解決できない、という結論を出したようだ。
仮説を設定し、仮説を確認するための実験だけを行い、科学的に結論を出していた学術論文のような報告書を読み、技術開発を進めるときの科学の問題を改めて認識した。等しいHLB値でも界面活性効果の異なる界面活性剤が存在することが科学的に解明されていない以上、科学のプロセスで作成された報告書を科学的に間違いという結論を出せない。
しかし、技術開発は自然界で安定に機能するオブジェクトを創造して初めて完結するのである。科学的な正しさという問題ではなく、「人類に役立つ機能」が重要である。
カテゴリー : 一般
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