2017.05/10 科学は技術開発の道具(4)
思考実験ではないが、思考実験というものがどのようであると豊かな着想が湧くのかというヒントとして「テルマエロマエ」という映画化もされたマンガがある。ストーリーは単純でローマ時代の浴場技術者が現代にワープし、近代的なお風呂やトイレなどを見て、それをローマ時代に再現するという話だ。
ばかげた話だが、現代の電子機器で管理されたお風呂やトイレに感動する阿部寛の表情が面白く、その後ローマ時代に戻りその時代の技術を駆使して現代と同じシステムを再現してどや顔するところは大笑いできるシーンである。
思考実験もこれとよく似たプロセスで始めることがある。最初は実現出来ないようなシステムで「開発したい機能」を確認する作業でスタートする。この段階では、あたかもテルマエロマエのように未来へワープしたかのような荒唐無稽のシステムで良い。
とにかく実用化したい機能について機能が動作する仮のシステムを思い浮かべることが大切である。この段階は科学者に話すと、あるいは科学を唯一の技術開発プロセスと思っている人に話すと馬鹿にされるから言わない方が良い。せいぜい何も知らない女房に話す程度にとどめておく。
ただ、この「人に話してみる」という作業は空想を具体化できるので大切なプロセスである。ばかばかしい話を聞いてくれる人がいない場合には、白い紙にマンガで良いから書いてみるのも良い方法である。
20年ほど前に高靱性ゼラチンを開発したときには、ホワイトボードに荒唐無稽の絵を描いて部下に示した。そこに居合わせた5人は、否定証明を始めるものや、頭ごなしに馬鹿にするものなどそれぞれ異なる反応を示したが、その中にたった一人、この絵をあるべき姿として真剣に考えてくれた部下がいた。彼はその場をすぐに離れ、4時間後にはホワイトボードの絵に相当するラテックスを合成して持ってきた。
科学的ではないプロセスから生まれた高靱性ゼラチンは写真学会でゼラチン賞を受賞したが、そもそもこの技術はライバル企業のそれよりも簡便で優れていた。当方は担当者が特許回避に苦労していたので、気休めに当方の頭に浮かんだマンガを書いてみただけである。
ただ、できあがった技術については三重大学川口先生と共同研究を行い、何がどのように機能したのかを科学的に解明している。世界初のゾルをミセルに用いたラテックス重合技術が誕生した裏話である。
ちなみに、当方がホワイトボードに書いた漫画は、特殊ではない。「そんなことは誰でも考えている。しかし、科学的にナンセンスな現象だ」と、否定証明をした部下は話していた。
その一方で、当方の漫画を受け入れた部下は、「実験に失敗した材料の状態がそれに近いかもしれない」と考えたという。そして、「科学的に考察して実験を失敗と判断した」という。
岡目八目という言葉が昔からあるが、科学的プロセスで考えていると科学という条件で否定されてアイデアに行き詰まってしまうが、「科学」という枠をとっぱらって考えると、あたかも未来へワープしたように荒唐無稽も含めていろいろと多数のイメージを描くことができる。
それらのイメージを目標に手持ちの技術で創り上げてゆくプロセスは、まさにテルマエロマエの物語のようでもある。ゾルをミセルに用いたラテックス合成技術は、科学的に考えていたら、すなわち仮説を設定して実験をしていたら、絶対に思いつかなかった技術である。
しかし、できあがった技術は科学的に解析され、ゼラチンをこのラテックスと混合しても、なぜ安定だったかも解明された。解析や分析に科学的プロセスはふさわしいが、モノづくりには弊社の提供する問題解決法が便利である。
ゴム会社で事業として現在も継続されている高純度SiCの基盤である前駆体技術や、電気粘性流体の実用化のために提供した多数の技術、酸化スズゾルを用いた帯電防止層、高靭性ゼラチン、Tg以上でアニールするPENのまき癖防止技術、カオス混合技術、PPSと6ナイロンを相溶した中間転写ベルト、廃PET樹脂を用いた環境対応射出成形体など多くの技術でこの問題解決法を用いてきた。
一方でポリウレタンの難燃化技術は、上司から「趣味で仕事をやるな」と叱られたために科学的プロセスで忠実に実行した成果であるが、技術が生まれるまでに半年から一年程度時間がかかっている。実はこの開発を行いながら弊社の問題解決法を考えていた。タグチメソッドと似ている、相関係数を用いた実験計画法を考案したのもこの時である。
カテゴリー : 一般
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