2017.05/11 科学者は専門に拘ってはいけない
AI技術者の相奮戦が起きているという。恐らくこれから各分野にAI技術はどんどん浸透してゆくだろう。そして今では無用の思考ツールとなったTRIZが考え出されたように、論理が命である科学の分野にもAIを導入しようとする動きがある。すなわち、科学で忠実に仕事を進める科学者はAIに仕事を奪われるかもしれない。正確な論理はコンピューターが得意とする技である。
ところで1970年代にコンピュータで有機合成プロセスを開発する試みがコーリーらにより提唱され、すでに多くの実績が出ている。これは、逆合成と呼ばれるコンセプトで実現された。すなわち目標となる複雑な化合物について、その一段階前の構造を考える。
これは化合物の解析ルールを決めればコンピュータでもできるようになる。その構造について、同一のルールでさらに一段階前の構造を考えてゆく、というようにどんどん繰り返し、目標化合物を合成するために必要な原料までさかのぼる。
このようにして示されたプロセスを原料から逆にたどれば目標化合物の合成ルートとなる。合成ルートに出てくる反応条件をデータベースとして用意しておけば、必要となる化合物を合成するための処方をコンピュータに作らせることができる。
この研究が発表され話題になっていた時に、有機合成第一講座で卒業研究をやっていた。この逆合成という考え方はAIのプログラミング技術にも使われている逆向きの推論そのものであり、前向きの推論で考えてきた研究者にとって衝撃的だったが、小椋佳作曲のシクラメンの香りが布施明の歌としてヒットしたのもフォークソングがJ-POPに変遷する過程として衝撃的だった。そこで卒業研究の目標化合物をシクラメンの香りとした。
合成ルートについてコーリーの逆合成手法で容易に計画をたてることができた。研究成果は指導してくださった先生の成果と一緒にアメリカ化学会誌に掲載された。有機合成について専門家として仕事ができるくらいに大学で学びながら、大学院では科学として未熟だったセラミックスの講座へ進学し、そして今積極的に取り組んでいるのは科学では解明しにくい混練技術である。
このような科学で扱いにくい対象でも、多数の専門の経験を動員して思考実験を行うと不思議なことに複雑な現象が見えてくる。恐らく各専門分野ごとに科学で確定していない現象については、そのとらえ方が異なるためだろうと推測している(補足)。
さて、40年間研究開発に携わり高純度SiCの合成に関する研究を中心にした有機から無機に至るプロセシング研究で学位を取得しているが、金属材料から有機物まで、物理蒸着から混練プロセスまでいろいろと取り組んでその勉強のためサラリーマン人生は忙しく過重労働の毎日だった。
これは転職も一因だが、過重労働にも耐え専門に拘らなかった理由の一つに学生時代にコーリーの研究で学んだコンピュータの脅威がある。コンピューターは科学の成果であると同時に科学のターミネータとなるかもしれない。
科学は論理こそ命である。だから科学的プロセスの業務はコンピューターにすべて置き換わる時代が来るかもしれない、といつも頭の隅で怯えていた。恐怖に打ち勝つため独学を続け、気が付いたら日曜プログラマーになっていた。
その結果、多数の専門を持ち、その境界を超えて考えることができればコンピューターに負けない、と悟った。多数の専門を持つことがコンピューターに対してどうして優位に立てるのか、興味のある方は問い合わせていただきたい。
(注)ヒントは過去の本欄で書いているコンピューターでは絶対に到達できない能力を獲得できる。弊社の問題解決法ではその能力の発揮の仕方を多数の専門を勉強することなく獲得できる方法を提供しています。
(補足)強相関ソフトマテリアルで紹介した固体物理(金属や電子セラミックス)は、科学としてほぼ完成の域に到達したが、高分子物理はそのシミュレーターOCTAを開発された土井先生のお話では、現在の固体物理のレベルに到達するまでにまだ20年かかるという。このOCTAを使ってみるとわかるが、コンピューターでありながら出てくる結果が使う人の影響を受ける、「使いこなしが必要なプログラム」である。これとAIとを結び付ければ完璧なOCTAになるのか、というとそうでもなさそうだ。非平衡という現象について統計力学が現在唯一の学問である限り、科学では解決できない世界だ。たとえばカオス混合のシミュレーションができたからといって生産設備がすぐにできたわけではない。当方が提案しているカオス混合装置はコンピューターのシミュレーションで使われたモデルではない。さらに面白いのは当方提案のカオス混合装置で起きている現象を既存のレオロジーシミュレーターでシミュレーション不可能なのだ。おそらくどんなに素晴らしいAIを動員してもこのカオス混合装置を考え出すことができないだろうと思っている。技術者は科学を道具として使い、AIではできないような仕事を目指さなければならない。カオス混合装置はそれができることを示している。
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