2017.05/14 科学は技術開発の道具(7)
高純度SiCを合成するための前駆体として1980年には、ポリエチルシリケートとカーボンを組み合わせる方法と高純度シリカと高純度フェノール樹脂を組み合わせる方法がすでに知られていた。
しかし、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を組み合わせた技術について特許出願は皆無であった。これはいまでも高分子科学のポリマーアロイを研究するときに用いられているフローリーハギンズの理論から均一な混合物を得ることが困難と推定される組み合わせだからである。
科学のプロセスでこの組み合わせがナンセンスなアイデアであることを否定証明することは易しい。実際にポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混合すればすぐに証明したい現象が目の前に現れるからである。すなわちどのようなミキサーを用いても混合状態では白濁し、混合をやめればすぐに二相に分離する。
この実験結果から、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせを高純度SiCの前駆体に用いるアイデアはたちどころに否定される。さらにこの現象とフローリーハギンズ理論があれば簡単に否定証明を展開できる。
繰り返しになるが、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の組み合わせは新規性があり原料の高純度化が容易な進歩性もある。しかし、フローリーハギンズ理論のχパラメーターが正で大きいのでこの組み合わせを用いた混合物は混合プロセスで分離し、シリカ成分となる高分子と炭素成分となる高分子とが均一になった前駆体を得ることができない。ゆえに高純度SiCの前駆体としてこの組み合わせを用いることはナンセンスである、と考えたとする。
ここで仮説「ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を混合プロセスで均一なポリマーアロイにすることができない」と立案し、実験を行い相分離状態となることを示せば、これが仮説を指示する証拠となり、否定証明を展開するための道具立てが揃う。
ところがこの組み合わせにおいてリアクティブブレンドという当時よく知られていた技術を用いれば分子レベルで両者が均一に混じり合った前駆体ができてしまう。
このあたりについてはこの欄で過去に紹介しているので詳細を省略するが、リアクティブブレンドで均一に混合され透明な前駆体ができたときに、先の否定証明は簡単にひっくり返り、「フローリーハギンズ理論が存在しても混合プロセスを工夫すれば2種類の高分子を均一にできる技術が存在するかもしれない」という希望が出てくる。
フローリーハギンズ理論が科学的に正しくても、「均一に混合でき」そして「その状態を保持することができる技術」さえあれば、科学的に考えて創り出すことができない二成分の高分子の均一混合体ができることが、高純度SiCの前駆体技術で示されたのだ。
高純度SiCの前駆体技術では、低粘度の高分子をコロイド分散機で均一に混合することができた。この部分をカオス混合装置を用いれば高粘度高分子でも均一に混合することが可能となる。
問題は、その状態を保持する技術とし高純度SiC前駆体技術ではリアクティブブレンドを用いているが、これを相互に反応しない高分子の組み合わせで実現する方法である。
この方法は1970年代にアモルファス金属の発明で考え出された技術、「急冷法」をそのまま用いればよく、2種類の高分子のTgよりも低い状態へ一気に遷移させれば目標を達成できる。
すなわち、試行錯誤で装置を作ってみてカオス混合装置ができたかどうかは、その装置で混練したポリマーブレンドをTg以下まで急冷したときに透明になっているかどうか確認すれば良いというアイデアが30年前生まれた。ただ、試行錯誤で装置を作るには高額な資金が必要になるので装置についてもう少し具体化しなければならなかった。
30年間頭の片隅でこのアイデアを熟成しながらそのチャンスが来るのを期待していたら、写真会社とカメラ会社の統合があり豊川へ単身赴任したところ、科学で技術を考えていたために絶対に成功する見込みのない外部のコンパウンダーから成功するかもしれない技術提案に対して「素人はダマットレ」と一渇される幸運が訪れた。
唯一の命綱が切れた状態のテーマ(半年後には製品化が迫っていた)を周囲に支えていただくために新たな命綱として幻のカオス混合技術を企画として提案したのである。幻ではあったがそれを実現するための技術アイデアのすべては30年間に熟成され具体化されていた。豊川にいた旧カメラメーカーの研究開発部隊がゴム会社のタイヤ開発部隊とよく似た風土だったことが幸運だった。
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