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2017.05/15 科学は技術開発の道具(8)

科学のプロセスで技術開発を進めると否定証明に陥る問題をすでに述べた。写真会社に転職してびっくりしたのは、ゴム会社で読んだ否定証明と同様の論理展開で書かれた報告書をみつけたことだ。

 

以前この欄で書いたように酸化スズゾルを帯電防止層に用いた技術は昭和35年に特許登録されている。特公昭35-6616という特許がそれである。当時はパーコレーションの科学についてまだ知られていないときだった。

 

だからこの技術は試行錯誤の結果かあるいは偶然の幸運により生み出された技術だと思っている。また発明者がノウハウとして隠したためと想像しているが、導電性を制御するための重要なプロセス因子について実施例に書かれておらず、当方が実験を行い(注)その再現性を確認する時にも大変だった。

 

すなわちこの特許に書かれた情報だけで帯電防止層を製造しようとすると、実験者の運がよければ導電性のある帯電防止層が得られるが、運が悪ければ絶縁性の薄膜しか得られない。ゆえに科学に忠実な実験者が運の無い人であれば、その結果の考察は否定証明となる。

 

しかし、先人の技術者を信じて自分の出した実験結果とこの特許の実施例について注意深く思考実験を進めるような謙虚な科学を身に着けた技術者ならば、特許に書かれている内容に隠された因子が見えてくる。ただし、先人への敬意もなくこの特許の実施例を信じないならば、その再現性を得ることが難しくなる。

 

このようなケースでは「科学を道具として使うとうまく開発を進めることができる」。(明日に続く)

 

(注)市販の酸化スズゾルを用いて実施例に準拠し最初に実験を行ったときにやはり導電性が出なかった。そこで実施例に忠実に従い、素材である酸化スズゾルの合成から実験を行った。実施例には酸化スズゾルの合成法が簡単に書かれていた。当時金属塩化物を加水分解するプロセスは公知だった。また、ろ過技術が無かったために酸化スズゾルの洗浄にはデカンテーションを繰り返さなければならなかった。しかしその洗浄回数について記載されておらず、洗浄後中性になるまで繰り返す、とあった。おそらくこの時代にはpH試験紙で確認していたと思われるのでpH試験紙とpH計の両方で確認しながら実験を行った。洗浄回数12回程度でpH試験紙で中性を確認できるがpHは7よりも少し低かった。14回洗浄したところでpHは7に限り近くなった。洗浄回数の差は微量の塩素を残すのかどうかという選択に関係すると思われた。昭和35年の特許には得られた薄膜の導電性が湿度依存性を示さない、と書かれていたので14回の洗浄回数という条件を採用した。後日この洗浄回数の因子は他の意味があったことと洗浄時の攪拌方法にもノウハウがあったことなどわかってくるのだが、とにかく先人の技術者が発見した機能を当方も取り出す努力を惜しまず実施した。STAP細胞で否定証明を展開した理研の科学者ならばやらないであろうと思われる泥臭い作業だった。優秀な研究者が自殺してまでSTAP現象の存在を訴えていたのだから、同僚はもう少し誠実真摯に研究をおこなうべきだったろう。学位のお粗末な扱いをした早稲田大学も含め「科学とは何か」を社会に示した事件である。

カテゴリー : 一般

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