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2017.05/17 科学は技術開発の道具(10)

3通りの方法を用いて酸化スズゾルに含まれる酸化スズ超微粒子(以下酸化スズ)の導電率を測定した。その結果、1000Ωcm程度の導電体であることがわかった。このような評価解析業務は、科学のプロセスで丁寧に行う必要がある。

 

特に否定証明の報告書が存在する場合には、否定証明の否定を科学的に示す必要があるので、科学的議論に耐えられるような「実験データ」を示さなければいけない。当時使用していたA4の分厚い実験ノートは、酸化スズゾル帯電防止層の実験だけで使い切っている。

 

そこには金魚のウンコのようなゾルの絵はあっても、小保方氏のノートにあったようなハートマークなどは描かれていない。出来上がった技術の姿を表現した妄想が科学的な仮説とともに書かれ、特許のクレーム案なども走り書きしていた。

 

話はそれるが、仮説立案が不得意の人は、この「出来上がった技術の姿」を書いてみるとよい。これが具体的に書けなければ、モノに結びつく仮説など立案できず、妙な仮説を立案して最悪の場合に仕事の途中から否定証明へ転落する。とにかくゴールとなるモノに結びつくアイデアを書きだすだけでもよい。文章が下手ならば絵で妄想を具体化しノートに書く。

 

このような作業の助けも借りて科学を道具として使い「高純度非晶質酸化スズに導電性がある」(注1)ことが真理として導かれたならば、なぜ昭和35年特許の再現性が難しいのか、その理由も科学のプロセスで探求した。

 

企業の研究開発では、一度否定されたテーマを再度企画し立ち上げる時にはその苦労で費やされる二倍以上のエネルギーが必要となる。省エネ技術流の「試行錯誤で、できました」では受け入れてもらえない。科学を伝家の宝刀のごとく、ぶんぶんと振り回して仕事をしなければ、「科学こそ命」の風土の会社では周囲の説得すらできない。

 

この時、パーコレーション転移をシミュレートするプログラムをCで作成している。そしてこのプログラムで1000Ωcmの導電体のパーコレーション転移についてコンピュータ実験を行い、「コンピューターの中の客観的な実験結果」として示した。

 

さらに得られたグラフの再現を目標に実験を手当たり次第行い(注2)、その実験を解析してコロイド溶液の調製プロセスがどのようにパーコレーション転移の閾値に影響しているのかまとめた。

 

ここで、科学的に仕事を進めているにもかかわらず、モノ造りのプロセスでは、仮説に基づく実験ではなく手当たり次第に考えられる条件すべてで実験をやるのは極めて非科学的である。科学的にすべてが解明されていないモノを創りだすときには、どうしてもこのような非科学的プロセスが必要となる(明日このあたりについて再度述べる)。

 

ところで、このパーコレーション転移の閾値評価のために新たな電気化学測定法を開発している。そしてこの測定法に関しても数値シミュレーションを行い、パーコレーション転移と密接な関係があることを考察している。

 

厳密な科学のプロセスを採用すると大変な仕事量となるが、それでも道具としての科学は便利である。論理展開して導かれた答えを必ず真理として信じてもらえるからだ。しかし、科学以外にも技術開発を進める「道具」があることを忘れてはいけない。

 

詳細は省略するが、酸化スズゾルの合成条件でも非晶質酸化スズ粒子の導電性を制御できることや、バインダーと酸化スズゾルの混合条件でパーコレーション転移の閾値が大きく影響されることなど次々と科学的データに裏付けられた説明ができるまでになった。これらのデータの一部は日本化学会で当時の部下が報告し講演賞を頂いている。また、新たな評価技術も含めた透明帯電防止層の技術は、日本化学工業協会から技術特別賞を受賞している。

 

(パーコレーションのシミュレーション)

パーコレーションという現象は様々な因子に影響を受ける。特に問題となるのは導電性微粒子とバインダーとの相互作用である。ゆえにある値の導電性粒子がどのようなパーコレーション転移を起こすのか調べるためにコンピューターシミュレーション実験は大変都合がよい。だから技術者はプログラミングのスキルを身につけておくと、いざというときに役立つ、といえる。今ならばC#かPythonが学びやすい。日経ソフトウェアーの6月号ではPythonのライブラリー活用術の連載が始まった。これをマスターするとOCTAが使える(かもしれない)。

(注1)1980年代に高純度酸化スズ単結晶は絶縁体であることが無機材質研究所で証明された。金属酸化物は、酸素欠陥がホールとなり導電性がでる。この酸素欠陥の制御が難しく、金属酸化物の正しい導電率を求めることが困難な場合がある。一方非晶質酸化スズゾルが示す導電性は、その単結晶の導電性発現とメカニズムが異なる。非晶質相に水が存在し、スズ酸が生成している可能性がある。科学的に厳密な証明をしていないが、熱分析からこの水の存在が導電率に影響していることを確認している。

技術開発を科学的に進めてモノ作りに成果を出すためには、業務プロセスを解析中心に組み立てると良い。今でも業務プロセスを科学的に進めることに拘っている上司と仕事をしなければならない若い人は、上司と対立するのではなく、業務プロセスを解析中心にするとストレスなく仕事を進められる。解析中心に業務を進めると科学を道具として使っていることになる。

(注2)コンピューターでシミュレーションできてもそこからプロセス因子が求まるわけではない。シミュレーションに対する誤解は、シミュレーションの結果ですぐにモノが作れると誤解する点である。モノはいつでも頭脳を含めた肉体で勝負して作る。この決意がある技術者であれば、AIに職を奪われることはない。弊社の問題解決法を身に着け情報処理を五体使用して行う人間にAIは勝てない。繰り返しになるが、ゴム会社の指導社員はAIを超越していた人だと思う。シミュレーションして求めた樹脂補強ゴムの特性を基に「あるべき高次構造の姿」を予測し、一発でシミュレーション結果に合致したゴム配合を見つけている。他の仕事も常に鮮やかに一刀両断成果を出していた。「経験を重ねればできるようになる」と言われていたが、当方は未だに幸運な時には一発でできるが、不運だと力任せになる。その時弊社の問題解決法が道具としてつくづく役立つ方法だと自画自賛することに——

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