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2017.06/02 つじつま合わせの科学

科学では論理の整合性を取るために、すなわちつじつま合わせに精力を使う。ゴム会社に配属され、ポリウレタンの仕事を担当してから、悩む日々が多くなった。この部署には高分子合成研究室という看板がかかっていた。これが高分子合成グループとすぐに名前が変わってもリーダーは代わらなかった。リーダーは科学こそ命、あるいは科学と心中しそうな上司だった。

 

科学に対する思いは人それぞれだが、メーカーにいながらこれほど科学を信奉した人を知らない。しかし、科学に対して盲目の恋をしているようなところがあり、実験結果に科学的な香りをまぶせば、それが非科学的なプロセスで得られた結果であっても高い評価をしてくださった。ただ、そのような評価は上司を騙しているようであまり気持ちの良いものではなかった。

 

その方が高分子学会の「高分子の崩壊と安定化研究会」の委員をしていた都合で、開発したての成果でも学会発表することになった。発表内容をまとめる過程で新入社員の当方が技術の漏洩を心配したぐらいである。それでも科学の発展のため、と熱心だった。

 

ある日研究会で発表するネタは無いか、と尋ねられて、工場試作前のホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームの研究はいかがですか、と提案してみた。燃焼時に無機高分子であるボロンホスフェートができ、オルソリン酸の揮発が押さえられている分析結果もあったので30分程度の発表ができる内容にまとめられる自信があった。

 

発表資料ができあがってリーダーに検討していただいたら、高分子学会に無機高分子研究会というのがあるから、無機高分子という表現をガラスにしようと言うことになった。そしてガラスができている、というデータはないか、と議論が展開されていった。

 

熱天秤で分析評価したときに、ある温度間隔でサンプルの状態を撮影した写真があったことを思いだした。その写真は都合の良いことに350℃あたりから、きらきら輝くアモルファス質の物質ができている様子をうまく捉えていた。すなわち、アモルファスのボロンホスフェートができていたのだが、これはガラスではない。

 

しかし、その輝きを見たリーダーは、これならばガラスだろう、と言われたので燃焼時にガラスを生成して高分子を難燃化という表題になった。ただしリーダーはガラスの定義をご存じなく、Tgの存在を示す実験を指示されなかった。

 

ただ発表するのが当方だったので少し心配になり、発表資料を学会に送ってからこっそりと実験を行ったところ、驚いたことにそのアモルファス相を集めてDSCを測定したらTgが現れたのだ。信じられないことが起きるのが自然現象である。この時のトラウマがあり、酸化スズゾルから取り出した非晶質酸化スズについて何度もDSC測定を行ったがTgは現れなかった。

 

一連の実験は、科学的な仮説が発端になっていない。上司への忖度からガラスであって欲しい、と念じてDSCを測定したらTgが現れたのだ。この時正しい姿勢は、なぜ現れないはずの化合物でTgが現れたのか、科学的に解明する作業が必要である。

 

ただ予稿集も送付し、上司にもガラスだと言われ、なんと学会で発表してもどなたもTgが現れたことに対する質問が飛んでこなかったことでその機会を失った。

 

このあたりの問題については、写真会社へ転職し、酸化スズゾルが非晶質であることを証明するために、アカデミアで無機の専門家の先生にTEM写真やX線回折データをもとに議論した時にわかった(注)。

 

すなわち、アモルファス=ガラスと勘違いをされている先生がアカデミアでもいらっしゃったことで理解できた。すなわち知識が欠落していたなら、科学で展開される議論は、単なるつじつま合わせの議論になってしまう。STAP細胞事件でもニュースや「あの日」を読むとつじつま合わせの議論が展開されていた可能性が伝わってきた。

 

(注)写真会社では主任研究員の立場で部下をどのように指導したら良いのか悩んだときにアカデミアの先生にご相談することが多かった。組織風土が科学を重視する風土だったからである。真摯に「科学」と向き合っていた。この時の経験から、STAP細胞事件では、生化学分野がひどい状況であることを知った。特にW大学における小保方氏の学位の処理は、どなたかそれなりの立場の方は声を大にして批判し、問題とすべきである。「知識の砦」の終焉というと言い過ぎか?

カテゴリー : 一般

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