活動報告

新着記事

カテゴリー

キーワード検索

2017.06/27 アイデアをつぶす科学

14歳の将棋士が新記録を樹立した。一方でAI将棋が話題になっている。将棋には多数の定石があり、まずそれを記憶し、詰め将棋で実力を磨くことから始める、と子供の頃に教えられた。学校の勉強も九九を暗記する記憶から始まった。

 

遊ぶために勉強と同じようなプロセスを踏む将棋を楽しいと思ったことが無いので藤井少年は凄いと思う。科学者と技術者の関係も似たところがあるように思う。技術者という職業は科学者と少し異なり、知識を詰め込む必要はない。遊び感覚で楽しく技術開発を行った方がよい結果が出たりする。

 

その分野の科学的知識のまったくない担当者が面白い技術を発明した現場に遭遇した体験をゴム会社でしている。この体験は衝撃的だった。本当にド素人でもKKDで技術開発ができるのだ。一方でその分野では著名な大学で学んだ理学博士がまったく技術開発ができない状況に驚かない。このような状況を複数の事例で見てきたが、これまでその原因に納得している。

 

科学的な理論が正しいのか間違っているのか、それを確認するのは、当方の仕事ではないし、社会的にその役割が与えられているわけでもない。ただそれでもこの活動報告でいろいろ書いているのは、このように科学の専門家(注)の問題が実務に大きな影響を与えているからだ。

 

実務で議論するときに、ビジネスプロセスでロジカルシンキングは常識である。技術の現場では、科学で記述された事柄について常識としてそのように議論が進められる。そして、隘路にはまったときにせっかく良いアイデアが出てきてもそれをつぶすのは科学の否定証明である。

 

アイデアをうまく出せない、と悩んでいる人の原因の一つに子供の頃から学んだ科学の制約があると考えている。科学は単なる哲学の一つに過ぎないのにそれが技術開発の全てであるように脅迫的に迫る上司もいたりした。

 

なかなかアイデアが出ないと言う人でも、空想を語らせると楽しそうに話す。しかし、その空想をアイデアへ展開する方法を学校で教えていない。隘路にはまったら、最初に「考える」ことは「科学を忘れる」ことである。忘れることができないなら、科学の制約を外し解決策を考える努力をする。

 

高靱性ゼラチンを実現した、ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術はこのプロセスで生まれている。そして技術ができあがってから、改めて現象の解析を科学的に行い、なぜゾルがミセルのようにふるまったのか簡単に解析を行うことができ、科学の方法で技術をまとめることができた。この技術は写真学会からゼラチン賞を受賞している。

 

もし、科学の方法でいつまでもコアーシェルラテックスを開発していたなら、科学の視点で張り巡らされたライバルの特許網に抵触しない技術を開発出来なかっただけでなく、世界初のゾルをミセルに用いたラテックス重合技術も生まれなかった。

 

優秀な科学者と、問題解決では科学的に進める方法とヒューマンプロセスをうまく組み合わせて使う凄腕の技術者との関係は、将棋の棋士とAIの関係とは異なる。AIの問題解決法では大量の教師データとロジックで人間の思いつかない解決策を見出すが、凄腕の技術者は心眼により人間でなければ思いつけない(あいまいさ、いい加減さ、荒っぽさ、大胆な論理の飛躍などAIには無理)アイデアで解決策を見つける。

 

(注)当方は一応工学博士の学位を取得しているが、科学の専門家として仕事をしていない。また時間があれば学会に出かけるが、科学を学ぶためではなく、若い科学者を指導するためである。最近はアカデミアでも企業に近いテーマを扱うようになり、科学を知らない大学院生も多くなった。ポスターセッションなどでびっくりするような論理の飛躍をする若者もいる。技術者ならばそれでよいが、科学者は緻密で正確な論理が命のはずだ。アカデミアで学ぶ間は科学者であるべきだ。学位取得の際には科学者に徹したし、ゴム会社にいたときお世話になった国立T大では放任主義だったが、写真会社に転職した事情で新たに審査をお願いした中部大学では、明確にそのように求められ今読んでみても恥ずかしくない学位論文に仕上がった。

カテゴリー : 一般

pagetop