2017.07/04 アイデアの出ない人
ゴム会社に勤めていた時の酒の席の話なのでもう時効と思うが、誰もが博識と信じていた人が、実は張りぼてではないかと気がつき一瞬凍りつき、その座が白けた話。
当時の研究開発本部長が会社に残っていた20人ほど引き連れて会社の近くで飲み会を始めた。無礼講で座が盛り上がってきたときに、本部長はおもむろに秋葉原で見つけたという不思議なおもちゃをポケットから取り出した。
種も仕掛けも無いこの木細工が不思議な力を持っている、といい、棒状の木細工の先端部分を引き離してその場の全員に見えるように掲げた。その後、引き離された先端部分は、見えないゴムでつながれていたかのように、本体に再びくっついた。
本部長は木細工には磁石などついていない、といい、もう一度見せるから不思議な力を信じた者は試してみろ、と言った。2回目の演技で当方はすぐに種が分かったので、勢いよく手を挙げ名乗り出た。そして演技を始めて、一回目はわざと失敗して見せたら、本部長は喜んでなんだ理解していないじゃないか、と当方をたしなめた。
その瞬間、当方は目の前で成功させたところ、座は拍手喝采、そして二番手が名乗り出て、その後は次から次と手が上がり、全員が種を見破ったかのように見えたが、一人真剣に首をかしげている人に全員が気がつき、一気に座が白けた。本部長はその方の役職も忖度し、話題をそらしたが、当方にはその方の頭の中が見えた。
一生懸命科学の世界でそのおもちゃに発生している力を考えていたのだと思う。当方も最初の演技を見たときにそのように考えたが、二回目でただ指ではじいているだけのことだと気がついた。
これはおもちゃだけを見ていると答えは出てこない。先端を挟んで持つ指にまで視野を広げないと気がつかない。それを当方はわかるように最初の演技で失敗して見せたのだが、その演技の時にこの方は席におられなかった。当方のあとに次から次へと巧みな演技者がうまく成功してしまったのでますます仕掛けが見えにくくなった。
さらに科学的にはあり得ないことが起きているのである。科学で考えることを唯一の思考法と信じているとこのおもちゃの仕掛けが分からない。科学の視点ではインチキをしているのである。しかし手とこのおもちゃを一つのシステムとみなしたときに起きる現象としてはあたりまえのことなのだ。
本部長の最初の演技でおもちゃだけを見ていた当方も不思議に見えたが、視野を広げて全体を見ながら観察した二回目の演技では指の力があれば発生して当たり前の現象であることに気がついた。
アイデアの出ない人というのは、この時の博識の管理職と同じで、現象を一部切り取って取り出し、それを科学的に解析を進めようとする人である。研究はこの方法でうまくゆくが、自然現象から機能を取り出す技術開発では失敗する。技術開発では、機能が自然現象の中で動作するかどうか観察することが重要だからである。
アイデアの出ない人が技術開発に失敗する原因は、アイデアが出ないからだけでなく、機能のとらえ方を知らないことが原因で、これは日々のOJTで容易に訓練される力だが、日々アカデミア同様の研究を行っていると退化することもある力である。
20世紀にアカデミアの研究と技術開発とを同じように進めるような努力がなされたが、技術開発には「技術の方法」を用いる時代である。
カテゴリー : 一般
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