2017.10/04 リベラルの集結
リベラルはフランス革命のときに登場した政治思想で、自由という意味のリバティーと語源は同じである。ゆえに新自由主義とか説明されている場合もある。今、菅氏が希望しても希望の党に入党できなかったのでリベラルの集結を呼び掛けている。そして枝野氏は立憲民主党という政党を立ち上げた。
小池氏が希望の党を国民に見えやすくするために、あるいは国民に理解しやすくするためにリベラルを排除する、という言葉を使用しているのは大変上手な使用方法だ。ただしそれが政治家として誠実な姿勢かどうかは当方は疑問を持っている。党の方針に合わない人たち、だけで十分に排除の意図は通じる。
現状を上向きにベクトルを向け、なんとなく良いことをやるんですよ、しかし本当によくなるかは本人もわからないですよ、という場合にアウフヘーベンという言葉を使ったりする小池氏のカタカナ言葉の用法は、本来の意味を拡張してマジックのように響かせて聞かせる。
しかし、今リベラルは良い意味で使われているのではなく、希望の党から排除された人たちの総称としてリベラルという言葉が使われている。少なくとも国民の多くはリベラルという言葉をそのように理解している。
そもそも今の時代にリベラルという言葉が良い意味をもつのかどうか。共産党が過激な政治思想の人たちの受け皿になっているのは周知のことである。共産党ほどではないが左寄り、というイメージの言葉にリベラルは映る。
その昔、自民党内リベラル派という言葉を聞いたときにびっくりしたが、菅氏の頭にはこのイメージがあるのではないか。また、その時代にリベラルは左寄りではなく、頭が左巻きという意味もTVの政治討論会で登場している。
しかし、今使われているリベラルの意味は政治家として日本国民のためにならない人たち、という意味で使用されている点に注意する必要がある。少なくとも小池氏はそのような意図でわざわざリベラルという言葉を象徴的に使用している。
時代とともに日本における横文字言葉は意味が代わる便利さがあり、カタカナ言葉がかっこいいと思っていたら軽蔑の意味だった、ということもあるので気を付けたほうがよい。当方が希望の党を排除された議員ならばあえてリベラルという言葉の使用はやめて、国民に分かりにくい状態をアウフヘーベンしたい議員の集結をはかる、と呼びかける。これも意味不明であるがーーー
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