活動報告

新着記事

カテゴリー

キーワード検索

2017.11/23 昨日の白鳳の態度

昨日の白鳳・嘉風戦で土俵下に落ちた白鳳は、判定に不服を申し立てていた。その状況は「待った」ではないか、というジェスチャーだった。その後立ち合いの様子が録画で流されたが、おかしくない立ち合いだった。ただ、カメラの角度により白鳳が途中で力を抜いた様子が映し出されていた。

 

あまりにも汚い取り組みだった。横綱の品格は無く、強者の言い分が正しいだろうという横柄な態度だった。誰が見ても昨日の立ち合いについて問題を見出すことはできないだろう。

 

嘉風は、取り組みの途中で白鳳が一瞬力を抜いたのでそのまま押し続けたとインタビューで答えていた。また、立ち合いでは白鳳は最初に平手打ちを嘉風に与えている。これらから、白鳳の汚い取り組みが垣間見える。

 

以前稀勢の里がモンゴル勢との取り組みでは、立ち合いの時に少し気のタイミングを外される問題を上げていた。そしてそれを承知で合わせに行けば、モンゴル勢に勝てる、と答えていた。この過去の話と昨日の白鳳の態度から、モンゴル勢の強さの秘密と横綱失格の問題が浮き上がる。

 

相撲では、強者にも弱者にも土俵の上ではハンディを与えず戦うスポーツである。そのため、立ち合いを合わせることが重視されている。立ち合いをわざと外し自分に有利に持ってゆくような相撲を白鳳がとっていたとしたなら、昨日の白鳳の錯覚を理解できる。

 

昨日の白鳳の負けは、気をわずかに外す汚い立ち会いを続けてきて自ら招いた。さらにこの取り組みから白鳳に横綱失格の指導を今すぐ相撲協会はするべきである。国技である相撲には、常に求められている「美」がある。その一つは最も強いとされる横綱の態度に現れる「美」がある。

 

横綱の行動には横綱としての風格と品格が常に求められている。それが日本の相撲なのだ。他のプロスポーツとの大きな違いは、そこに日本人の求める「あるべき姿」が描かれなくてはいけないことである。ゆえに外国人力士であってもその姿勢が求められるのだ。

 

いくらスポーツのグローバル化が進んだとしても相撲は日本の国技として相撲道を追求すべきである。この観点で日馬富士問題を眺めてみると相撲協会と外部委員の不甲斐なさが透けて見えてくる。日馬富士問題では横綱が格下力士を殴りつけた傷害事件が起きているのである。

 

昨日は八角親方が貴乃花に「協力を求める」と言ったそうだが、これは「訴えを取り下げろ」という意味以外に聞こえない。情けない。組織人として貴乃花の態度を批判的に見てきたが、八角親方のだらしない態度や委員長の池坊先生の的外れの見解を聞いていると、腐った組織に対して戦っている貴乃花の態度が輝いて見えてくる。

 

日馬富士事件は、傷害事件であり警察がすでに動き出しているのだ。協会が関わる問題ではない。もし協会が関わるのであれば、日馬富士の引退勧告と昨日の白鳳の出場停止ぐらいしてもよい指導だろう。興業への影響を考えると隠蔽したくなる気持ちはわかるが、それを推進したらアウトである。

 

国民は協会の現状をすでに見てしまったのだ。腐った組織に対しては、大人げないようでも毅然たる態度をとらない限りその腐敗を明らかにできない。日本の相撲を守るため、頑張れ、貴乃花。

 

 

カテゴリー : 一般

pagetop