2017.12/27 技術開発のやり方(1)
科学的方法による技術開発は日本中で行われている。ここでは科学誕生以前から行われてきた”かもしれない”技術開発のやり方をPPS中間転写べルトの開発を事例に説明したい。
まず、開発目標(ゴール)を明確に具体化する。業務を引き継いだ時に言われたゴールは、「押出成形で問題になっているウェルド部の表面比抵抗の偏差を小さくすること」だった。
タグチメソッドをここで使用するならば、基本機能をベルトの抵抗にして、電圧と電流の動特性を用い開発を進めることになるのだが、残念なことに、業務を引き継いだ時のシステムに対して、タグチメソッドを使っても、せいぜい歩留まりを数%改善できる成果しか得られない状況だった。
一人前の技術者ならば、何が何でもすぐにタグチメソッドを使う、というような愚を行ってはいけない。
タグチメソッドは良い方法だが、使用するタイミングが悪いと、十分な成果を出せない場合がある。例えばシステムが悪い時である。システムに問題がある場合には、いくら最適化を行っても満足な結果は得られない。
ところが故田口先生は、システム選択は技術者の責任、と言い残されて他界している。目の前のシステムがよいシステムか悪いシステムかを判断する方法を遺言で残しておいてほしかった。3年ほど田口先生に直接ご指導いただいたが、システム選択は技術者の責任という姿勢を変えられなかった。
それでは、良いシステムをどのように選んだらよいのか、あるいはどのように組み上げたらよいのだろうか。当方が行っている方法は、自分の経験知で不足している部分をまず整理し、その不足部分を補う作業から始める。すなわち、自分の知識不足を補う情報調査が大切である。
前任者がすでに情報収集を行っていた場合でも、自分の経験知を基準に、情報調査をやり直すべきである。情報収集を専門に行っている会社があるのでそこに依頼する方法もあるのだが、これはお勧めしない。
すでに開発が進行している段階のテーマを引き継いだ時などでは、前任者の説明を鵜呑みにしてはいけない。その開発が、本当に成功するのかどうかの正しい判断を再度「自分で」下さなければいけない。
だから総花的な情報はあまり役立たない。自分の弱点を補強できる情報こそ必要である。仮に多くの情報が集められている状態でも、それらの情報を自分の知識の弱点を中心に再度整理しなおす努力を惜しんではいけない。特に形式知の視点よりも経験知の視点が優先される。
1年以上ある学術分野の業務を担当した経験があれば、その分野の形式知など身に着けているはずだが、経験知は、実際に経験しなければ身につかない。情報の大半は形式知であるが、経験知の視点でそれらを眺めると、仮に科学的に書かれた論文でさえも不思議な論文というものがある。
PPS中間転写ベルトの開発では、PPSに関する情報やそのコンパウンディングに関する情報(注)を収集整理した。また、不思議に感じた論文の著者である大学の先生2名にヒアリングも行っている。ただし、これらは、単身赴任前に実施している。(サラリーマン技術者の心得として、異動が決まったら移動先の仕事について、知識を整理しておくことは常識である。赴任してから勉強している人が多いが、「働く」という視点でみるとそれは間違っている。)
この時、樹脂の配合設計の考え方とゴムの配合設計の考え方に違いのあることが分かった。ゴムの配合設計では、必ずプロセス因子も取り込むが、樹脂で配合設計と言えば単に組成の設計のような考え方である。また、賦形プロセスに関する考え方もゴムと樹脂で微妙に異なっていた。
(注)樹脂のコンパウンディング技術は、この時が初体験であり、外部業者から「素人は黙っとれ」とまで言われたぐらいである。だから単身赴任してからも徹底して情報収集した。その道の専門家にもヒアリングしたり、自費でセミナーに参加したりしている。そして、コンパウンド工場を設計できるまで形式知や経験知の吸収とその整理に努めた。こうした活動ができたのも、単身赴任前に窓際族だったからである。50過ぎて、豊富な自由時間と給与をもらえる窓際は、ある意味で特権である。これを無駄にしてはいけない。給与を自分に投資するのである。成果は奪われたりするが、身につけた知識を誰も奪うことはできない。
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