2018.01/25 働き方改革
昨晩、高分子同友会で行われた中央大学大学院教授佐藤博樹氏の講演「なぜ今、働き方改革か?ダイバーシティー経営の土台づくり」を聞きました。
講演のポイントは、働き方改革の目的やその進め方で、平日のゆとりの重要性を指摘されていた。今話題のテーマであり、講演の内容は興味深く、ふとわが身の人生を振り返ることとなった。
ゴム会社に勤務していた時は、結婚するまで過重労働の毎日だったが、過重労働が辛いと思ったことは無く、むしろ楽しかったので仕事をやりすぎたのではないか。
過重労働で時間の余裕は無かったが、土日はテニスツアーに誘ってくれる友人がおり、「私をスキーに連れてって」という映画に描かれたようなバブル期の若者の生活をそれなりに楽しんでいた。写真も趣味として撮っていたので、当時の楽しい思い出が多数残っている。
ただ、高純度SiCの開発グループは、米国タイヤ会社買収の影響で途中から担当者が当方一人となった。職場まで徒歩二分の独身寮住まいでは、精神衛生が悪化すると感じたので結婚することにした。
新婚生活は通勤に1時間半かかったが、それまでの仕事のやり方を見直し定時退社を心がけた。第三者が見たら仕事は厳しい状況だったが新婚生活を楽しむことができた。本音は、そうでもしなければ仕事を続けられない,研究所内の管理職の目も厳しく、毎日針の筵状態だった。
同時に、仕事も他社との結婚というコンセプトでJVに絞って活動したところ、これもタイミングよくパートナーの紹介を無機材質研究所から受けて住友金属工業とのJVをスタートさせることができた。
この時の体験で、働く意味は貢献と自己実現かもしれないが、働き方はやはり仕事を楽しめるように工夫することではないかと、講演を聞きながら思った(注)。
人生の半分は寝てる時間かもしれないが、残りの時間で労働の占める割合は高い。これをどう楽しめるかが働き方改革のコツかもしれない。仮に労働時間を短縮できたとしても心に余裕のない仕事のやり方では、平日のゆとりなどできない。
(注)写真会社に転職後、50歳を過ぎて単身赴任となっても、この時の体験で乗り切った。優秀な課長と専門職課長が部下におり、横にはエリートの前任者とサンドイッチされたような自分の置かれた立場では、少しみじめな単身赴任だった。しかし、中間転写ベルト押出成形プロジェクトの責任者としてプロジェクトを成功させるために、この会社の基盤技術とは無関係の仕事、すなわちカオス混合の発明や決裁を受けてから3ケ月で立ち上げた樹脂プラント、退職前の置き土産のPETボトルのリサイクル材を電子写真に実用化するなどの仕事ができ、早期退職までの5年間十二分に楽しむことができた。もちろん失敗したときの責任者という自分の役割も真面目に勤めていたが、戦力が無かったので自分が土日をつぶしたり深夜無理をしてやらなければならなかった、成功するまでテーマとして認知されていなかった仕事の方が社業への貢献が高かった。サラリーマンは誰でも良い役割が回ってくるとは限らない。辛い役割でも楽しめる要素はある。ワークライフバランスを難しくとらえる必要はなく、仕事を人生の中にどのように取り込み楽しめるかが工夫するポイントだろう。社長をやってみて分かったことは、社長にはこのような楽しみ方が許されないということだ。中間管理職でそれ以上の昇進が望めないならば、責任は役員に任せて仕事を楽しんで成果を出すべきだろう。担当者であれば、やはり責任を上司に任せて仕事を楽しみ、自己実現努力をするべきだ。子供の頃、スーダラ社員という言葉が流行したが、経済はバブルへ向かう助走のような勢いで成長していた。スーダラ節で2度のオイルショックも乗り越えたのだ。スーダラ社員は無責任社員のように思われているが、組織というものは責任の分担体制で成り立っている。新入社員で残業手当もつかない時期に成果を出して始末書を書かされたような自分の役割以上の責任を負わされることもあるが、この時も始末書で新規テーマを提案しているように腐ったり悲観的な気持ちで仕事をしていない。毎日が松岡修造であった。
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