2018.02/10 科学者のときめき(1)
昨日のアサイチで瀬戸内寂聴氏が、不倫とは雷に打たれたようなもので私も何度もしたわ、と言われていたが、不倫による被害家族のことを考えていない。独身女性が妻帯者の男性に簡単にときめいてもらっても困るのだ。
瀬戸内氏は源氏物語も不倫を描いた名著とその痴性の歴史も語っていた。その他、恋にときめくのは女性の性の様なもの、とどこかで読んだような気がするが、科学者は自然現象にときめき、それが研究のモチベーションにつながる。それゆえ、瀬戸内氏の話を聞いているとその活動は不倫と同じように見えてくる。
同じ雷に打たれたような喜びならば、研究活動のほうが、よほど社会のためになる。文春砲は不倫だけでなく予算の少ない中で基礎研究に打ち込んでいる研究者の喘ぎも扱ったら面白いと思う。
山中博士が胸を痛めたのは、この科学者の性に気がついていなかった反省からかもしれない。瀬戸内氏との対談を組んだら面白いかもしれない。何故彼は簡単に辞職せず、給与返上としたのか。科学者としての心の問題が分かるとその行動を理解できる。
たびたび起きる論文不正は、不倫同様に倫理の視点で科学者を教育しなければ、無くすことができない。瀬戸内氏同様に、私も昔は論文不正をやったわよ、という老科学者は多いはずだ。デジタル機器の無い時代では、データをロットリングを用いて手書きしていた。
論理的に出てもらっては困るノイズで汚れたアナログ信号のチャートを論文用に書き写すときに、頭の中でSN比の改善を行っていた研究者は多いはずだ。例えばNMRは、ノイズの中から信号を拾い出さなければいけない時代があった。家族の存在を忘れて不倫に走るように、そのノイズを忘れたかのようなチャートが書かれた論文のあふれていた時代がある。
グラフのわずかな歪曲も許されず、今や大学の研究者の中には、桃色吐息をしのぐ青色吐息で生活保護まで受けなければいけないような人も出てきた。自分で選んだ道だから自己責任と言ってしまえばそれまでだが、少し政府や国会議員は、現在の文部科学行政を見直した方が良い。
iPS細胞の論文不正では研究者の収入の不安定さが事件を引き起こしたように報じられたが、実態は、そうではないはずだ。論文不正をやってしまう科学者の性が原因と当方は思っており、そこにスポットをあてて文春砲がさく裂したら面白いと思う。
実は、科学者という職業は、時として倫理観を喪失するような、人間の欲望が原動力となる職業である。換言すれば倫理観など忘れ、論理の美しさとその美しさの中で自然現象を捉えることができたときに、科学者は知的な支配欲を満たされたような言い知れぬ恍惚感を味わう。
当時600万円前後で熱天秤(測定上限1200℃)が買えた時代に、品質管理をするためにSiC生成機構を正しく知る必要に迫られ、2000万円かけて測定上限が2000℃の熱天秤を自作した。
その熱天秤で当方の合成した低コスト前駆体を分析したところ、世界で初めてSiCの反応機構が解明され、一瞬我を忘れ、出力されたチャートをみながら恍惚感に浸っていた。今から思えばそのトキメキは、脳科学の成果によると不倫と変わらない。ただし、この場合は倫理に反することをしていない。
ところが、周囲からは2000万円かけて熱天秤を自作したことについて、いろいろ言われた。趣味で仕事をしているとか、学会発表のためとかは、まだ我慢できたが、2億4千万円投資された金を好きなように使っている、と言われたときには傷ついた。
「分子レベルで均一に混ざっていることを固形の状態でどのように品質保証するのか」、という問題は、均一固相反応の取り扱いが反応速度論を用いてできる、という科学的な証明を用いると最も確実にできる。
量産プロセスにおいて抜き取り検査により1時間熱分析を行えば、すぐに判定できる。数値ではなく、熱重量分析で得られる曲線の形状が品質保証データなのでねつ造のしようがない。
顕微鏡で相分離していないことを確認するのも一つの方法であるが、生産はマクロ的な行為であり、その品質保証では一定量の大きさでその均一性を保証できる必要があった。ミクロ領域の情報しか得られない顕微鏡だけで量産性を判断するのは、危険である。
科学ではミクロ領域における情報で証明できれば論理を構築できて、それで仕事は終わるが、技術では、ミクロからマクロまでうまく機能しているかどうかの視点が求められる。これは科学と技術の相違点だが、技術者は均一固相反応で解析できる結果が得られたからと言って恍惚感に浸っていては許されない。量産出来て初めて喜ぶべきストイックな職業である。
カテゴリー : 一般
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