2018.04/15 PPS中間転写ベルトの開発事例
あまり生々しく書くと問題になるといけないので、公開された事実だけで話をする。写真会社ではコンパウンドの基盤技術などなかったので、R社からコンパウンドを購入し、押出成形して半導体ベルトを開発していた。
あと半年で製品化の目途をつけなければいけない、というときにこの仕事を担当することになった。仕事のゴールは明確で、ベルトの周方向の抵抗が均一であり、柔軟な転写ベルトを製造することだった。
R社は一流のコンパウンドメーカーということで誰もコンパウンドの出来の悪いことなど疑わず、数年開発を続けていた。しかし周方向の抵抗が不均一で、歩留まりは一向に上がらず、とても生産できる状況ではなかった。
高分子材料の成形体は、プロセスの履歴をすべて取り込んだ物性に出来上がることは高分子技術者ならば誰でも経験知として持っている。長年開発を担当してきた人たちの誰もがコンパウンドには問題がないという。そこで、実用性は無いが、バンバリーを使って当方が理想としたコンパウンド、すなわちベルトの構造とコンパウンドの構造とが変わらないコンパウンドを製造し、ベルトを作らせてみた。
当時歩留まりに最も影響を与えていた電気的特性だけ評価すれば、一気に歩留まりがあがり、100%に近い状態まで到達した。ただ、靭性が低いので製品には搭載できない。しかし、長年電気特性の品質均一化に担当者は苦労していたので、この結果を見れば誰でもコンパウンドの問題に目がゆく、と期待した。
しかし、R社の技術者は前向きの推論を展開し妙なことを言い出し、写真会社の担当者もそれに同調した。せっかくゴールに肉薄するヒントが目の前にあっても、もう少しこれまでやってきた手順で続けたい、となった。優秀な連中の議論では、改めて材料設計を見直し、もう一度従来の方法で進めるという結論になった。
当方は仕方がないので、若い人を外部から採用し、職人を一人従え、カオス混合によるコンパウンド開発を進めることになるのだが、このときばかりは、科学的思考が時として仕事に悪い影響を与えることを苦々しく思った。仕事というものは、いつもゴールから考えて進めるのが正しい。
科学で慣れ親しんだ前向きの推論というのは、いつでもゴールにたどり着けるとは限らないのだ。ゴールから逆向きの推論を行い、そこから導かれたオペレーションを実行して初めてゴールにたどり着けるのだ。
(注)押出成形の経験知として、「いってこいの世界」というのがある。すなわち、コンパウンド段階で成形体と同じ構造になっていないときにはどうなるかわからない、という意味だ。ただしこれは経験知であって、科学的に証明された真理ではない。これに対し、コンパウンドの構造が金型内の流動で変化するのは当然であり、という意見は、コンパウンドの構造と金型内で観察された処理途中の材料の構造や、出来上がった製品の構造との科学的な比較議論から導かれた真理であった。このような真理を覆そうとして、コンパウンド状態から製品になるまでその構造が変化しないようなコンパウンドをわざわざ設計し実験したのだが、この結果を、金型内の流動でこの構造になるようにコンパウンドの処方を設計すればよい、と妙な屁理屈をつけられて説明された。この屁理屈はもっともらしく聞こえるが、金型内の流動で構造が変化するという意味が、コンパウンドの構造が安定ではない、ということをしめしていることに気がついていないし、それを指摘しても、前向きの推論を何段階か展開し、ゴールに近づけるような意見を言ってきた。ゴールに直結していない仮説や推定は怪しい、と疑う習慣を身に着けたい。
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