2018.06/17 知識(7)
形式知で考えれば、PPSと6ナイロンが相溶する現象はフローリーハギンズ理論から否定される。
しかし、フローリー・ハギンズ理論では説明できないフェノール樹脂とポリエチルシリケートとの相溶や、ポリオレフィンとポリスチレンの相溶など自ら実験を行ってきたので、いくつか経験知が身についていた。
経験知から想像すると、条件さえ整えばPPSと6ナイロンが相溶してもよいことになる。これがもし起きたならどうなるか。相溶は結晶相で起きないことが形式知から理解できていた。
相溶は非晶質相だけで起きる。PPSは結晶化しやすい樹脂であり、おまけに押出工程における伸長流動がそれを促進する。ゆえに結晶化しやすいPPS材料の押出では、結晶化して弾性率が上がったベルトが振動するため工場内に金属音が響くことになる。
工程を見学していた時には、身に着けた知識で説明できる現象だけ起きていたのだが、製品試作作業終了後の押出速度を早くしてPPS樹脂を押出機から排出する洗浄作業により、形式知では説明できない現象が引き起こされた。
すなわち、押し出されたベルトから発せられる金属音が鈍い音に変化したのがそれで、その時目の前で押し出されているベルトから発せられた音の変化から結晶化が起きていないことが想像され、一方で押出速度を速めて伸長流動が大きくなって、結晶化が起きやすい状況でその矛盾した現象が起きていた。
これは形式知により説明できない。しかし、経験知とそれにぶら下がっていた暗黙知から、カオス混合(伸長流動と剪断流動の組み合わせ)によりPPSと6ナイロンが相溶し、結晶化しなくなった、と合理的に説明できる。
科学的に考えると矛盾するありえない現象であっても、経験知と暗黙知からは十分に説明できる現象であれば、それを信じることができるのは技術者である。余談になるが、STAP細胞の失敗は、形式知では説明できない現象を科学の世界で考えようとしたところにある。技術の世界で機能に着目していたならあのような不幸な事件にならなかった。
科学者は現象から真理を導き出そうとするので、形式知で矛盾する現象を受け入れることが難しくなる。しかし技術者は目の前で起きている現象から機能を取り出すのが仕事なので、その現象が形式知で説明できるかどうかは重要ではなく、うまく機能を取り出せるかどうかに関心が向く。
例えばこうだ。押出速度が早くなって不思議な現象が起きたのだから、金型にカオス混合を発生させる仕掛けがある、という暗黙知からのヒントがもらえて、すぐに案内をしてくれた課長にベルトの熱分析を依頼するとともに金型の構造をチェックするという「現象に潜む機能を探す」動作に結びついてゆく。
ややパワハラ気味ではあったが、力で仕事を加速させ、命じた30分後にはDSCのデータが出てきて、当方の金型の理解もでき、暗黙知が具体化されて新たな経験知がその日のうちに生まれるとともにカオス混合装置の青写真も頭の中に完成した。
翌日は、東京に帰ることをやめ、清掃作業の時の押出速度でベルトを押し出してもらい、それを粉砕し、再度ベルトの押出成形をしてもらった。
驚くべきことに周方向で測定した電気抵抗の分布が安定し、品質規格に合格したベルトの歩留まりがほぼ100%となった。単身赴任前に成功が約束された瞬間である。
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