2018.06/18 昨日の種明かし
カオス混合装置の発明について、セミナーで説明するときにウトラッキーの発明した伸長流動装置をヒントにした、と話している。これは半分正しいが、実際には昨日書いた現場で起きた音色の変化の寄与が大きいと思っている。
経験知として、新入社員時代に指導社員から教えられたカオス混合という技術を体得していたからである。40年近く前の体験について以前この欄で書いているが、1年間のテーマだった樹脂補強ゴムの開発を3ケ月でやり遂げた話だ。
その3ケ月は、ほとんど徹夜で過重労働の極みだったが、学生時代の知識の蓄積も無い全く未経験の領域の仕事であり、楽しさはあっても苦しくなかった。毎日午前中行われたレオロジーに関する座学が睡眠学習となり、鋭気が養われていたからだ。その座学で剪断流動やカオス混合について説明を受けた。大切なところは、しっかりと拝聴し、ケムンパスのような半目で質問もしている。
このカオス混合の説明では、カオスという言葉に惹かれ、1時間ほど議論していた記憶がある。ロール混練では剪断流動が発生していると説明されているが、単純な二本のロール回転で複雑な高分子の流動がそこで発生している、というのが指導社員の説明である。
明確な説明をされないので、ホワイトボードで当方が絵を書きこのようなことかといろいろ質問していたような記憶も残っている。最初は指導社員自身も訳が分からないからカオス混合とゴマかしているのかと思ったら、伸長流動と剪断流動がごちゃ混ぜになったような流動と理解が進み、とにかく急激な伸長が生み出す組織の微細化の機能がカオス混合である、と経験知のすべてを教えてくれた。
指導社員は、京都大学で修士まで高分子のレオロジーの研究をやってこられた方である。しかし形式知で凝り固まった理論派ではなく、電卓で微分方程式を解き、具体的なグラフとしてダッシュポットとバネのモデルを説明する実践派であった。それだけでなく、ご自分のやられた手法がやがて時代遅れとなり、新しい高分子のシミュレート手法が生まれるという予測もされていた。このような雑談も含め指導社員の経験知や暗黙知を身に着けることができた。
さらに指導社員は、当時混練の世界で二軸混練機が普及し始めた背景を説明してくださった。その後、こうした混練の自動化システムでカオス混合を実現できるのは君しかいない、とからかわれたりした。そのようなときには、当方は元気よく実現したいと思います、と答えている。指導社員の熱意に対してこの回答しかなかった。
この日の午後は早速ロール混練でカオス混合を確認する実験を行っている。そこでロール間の距離やロールの回転速度がロール混練で混練を制御する重要な因子であることを学んだ。ここで得た経験知や暗黙知があったので、押出速度が速くなり、結晶ができなくなる現象において、金型に機能が隠されていると発想できたのである。
これは余談だが、転職してびっくりしたのは研究所の管理職会議で役員が、会社でホワイトボードに向かってちーちぱっぱをやるようなことは無駄だからやめよ、と発言されたことである。要するに勉強は自分でやるものだ、というのがその意図である。それでは、経験知の伝承を会社でやれなければどこでやるのか、とつっこみたくなったが、役員のご指導なので20年間やらないように努めた。
伝えきれていない経験知をセミナーでは何とか伝えようと努力しているが、企業におけるOJTの在り方として、新入社員時代の3ケ月にご指導を受けたスタイルが理想だと思っている。現場で得られた経験知と形式知を整理し伝承する使命が先輩技術者にはあると思う。勉強は自分でやるものだ、という考え方は正しいが、経験知はOJTでしか伝えることができない。
指導社員は先端のレオロジーの形式知に裏打ちされた豊富な経験知を持っておられた。しかし、電卓でレオロジーモデルを解析できる一流の形式知を持ちながらも現場主義の考え方のため研究所で評価されていなかった。樹脂補強ゴムは大手自動車メーカーの防振ゴムとして採用されているので大きな成果だと思われるが、このような成果をそのほかにもいくつか出していながらも課長格で退職している。
そのようなキャリアのため、ゴムに関し全く無知の小生に同情され毎日座学をしてくれたのだと思う。マンツーマンの座学で居眠りをしていても決して叱らなかった。しかし、時々現場で質問をして答えられないと、「これ先ほど話したばかりだが」といじられた。このようなことがあっても何故か腐る気持ちは起きなかった。それはいつも指導社員が経験知の伝承に真剣だったからである。
知識には、現場でなければ伝えられないカテゴリーも存在する。自然現象のすべてを未だ科学で説明できていないためだが、このようなカテゴリーの知識ではOJT以外に伝える方法が無い。OJTがうまくいっていない会社経営者はご相談ください。
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