2018.07/29 夢を描き、努力すれば
高純度SiCを初めて合成した時に経験した還元炉の暴走原因は結局不明のままだった。暴走現象を再現することもできなかった。しかし、当時パワー半導体用ウェハーの原料にも使用可能な高純度SiCが簡単に得られた実験結果は、セラミックスフィーバーという時代背景を考慮すると無機材質研究所においてSTAP細胞と同様の衝撃だったはずである。ただ無機材質研究所長はじめ研究所の方々は冷静に対応され、機密扱いとされた。
またSTAP細胞の発見と異なるのは、還元炉の暴走で偶然得られた温度パターンは、温調器にプログラミング可能で、簡単に温度パターンを再現でき、その温度パターンでポリエチルシリケートとフェノール樹脂で合成された前駆体を処理すれば容易に高純度SiCを合成できた点である。これは十分に実用性のある経済性の高いプロセスだった。
ゴム会社ではこのプロセスを実用化するためにファインセラミックス研究棟の建設を始めている。そして11月に当方は社長に呼ばれプレゼンテーションを行っている。その場で2億4千万円の先行投資を受け、学位論文にもなった速度論解析実験に使用するための超高温熱天秤(SiC前駆体の品質管理に使用した)を開発したり、10kg/日で高純度SiCを製造可能なパイロットプラントも建設することができた。
怪奇現象と言ってもよいような条件で得られた数十ミリグラムの高純度SiCを合成できたおかげで、研究棟の建設や先行投資が得られたことは、この現象以上に驚くような展開だった。ゴム会社入社以来の夢が半分実現した。
実は、無機材研留学のきっかけとなったのは、ゴム会社創立50周年記念論文で応募したことである。この時、ゾルゲル法で高純度SiCを合成し、Siに代わる耐熱半導体を発明するなどの夢を描いているが、論文は佳作にもならずボツとなっている。ただこの論文のおかげで海外留学の機会が得られ無機材質研究所へ留学している。
この論文をさらにブラッシュアップし昇進試験(あなたが推進したい新規事業シナリオをのべよ、というのが問題だった)の答案として書いて0点を頂き、昇進試験に落ちるのだが、落ちたおかげで、高純度SiCの技術について実験する機会ができた。
この実験では還元炉の暴走で最適温度パターンが偶然得られるとともに高純度SiCもたった一回の実験で得られている。さらにこのたった一回の実験で得られた粉末のおかげで、事業化の決断がゴム会社でなされ、35年以上も続く事業が生まれた。
ゴム会社の入社面接では、あっと驚くような技術を開発し新事業を起業することが夢と語っている。そして入社後はその夢に向けて活動をしている。FD事件のため住友金属工業とのJV立ち上げまでしか推進できなかったが、夢を描き努力することでそれが実現することを体験できた。
人生とは不思議なもので、高純度SiCの事業をスタートできるまでは腐ってもよいような出来事ばかりだった。ただ逆境において常に会社への貢献と自己実現を軸に判断し、前向きに努力したところ、成功しても報われることのない夢を実現できた。FD事件では、被害者の立場であったが早期終息をするために退職を決断している。
この時セラミックス関係の会社へ転職する道が輝いていたが、あえてそれまでのスキルやキャリアを捨てて高分子開発を業務とする会社へ転職する道を選んだ。その結果、新入社員テーマで指導社員と約束したカオス混合の実用化を定年間際に成功できる幸運に恵まれたが、このカオス混合の成功でも定年で退職したためサラリーマンとして何も報われていない。ただし、科学で説明できないような現象と遭遇し、どちらかといえば楽しかった会社人生である。
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