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2019.11/22 年配技術者の処遇(2)

デジタル化の流れの中でフィルム事業をやめる少し前の出来事だったが、ヘッドハンティングされて転職し、博士を一人育て社外から二つも受賞しているような成果を出せる組織を作ったのである。

 

また、事業に十分貢献した成果を出していたから、倉庫に使われていた部屋へ机を移された時には驚いた。人事は大学の研究室の先輩にあたる上司が決めたそうで油断していた当方が悪かったのかもしれない。

 

そこで自由に仕事を、と言われてもリストラの処遇をどのように理解し元気を出せばよいのかわかるはずもない。おそらく異動を指示しやすかったのだろうと思う。ゆえに、先輩の顔を立ててにこやかに異動した。

 

その後、カメラ会社との統合の話が出て、当方の部屋に足しげく訪ねてくるその会社の部長がいた。そして、役割を代わってくれ、と言った。喜んで代わる、と告げて豊川へ単身赴任する道を選択した。

 

ただし、役割を代わってほしいといったのには理由があった。歩留まりが10%も満たないベルトの押出成形を半年後には100%近くまで上げなければいけないテーマをかかえていたのだ。

 

写真会社の研究所の誰もが「あのテーマは終わっている」と言っていた。当方も終わっていると思ったが、このようなテーマを生き返らせてこそ最後の仕事として刺激的であり思い出に残るだろうと感じて引き受けた。

 

どのみち、サラリーマンとして終わっている処遇にあった。そして半年後、企画には無かったコンパウンド工場を立てて、一部の期待に反しテーマを成功させたのだが、役員から早期退職の提案と早期退職前に環境対応樹脂を開発してくれと頼まれた。成功しても失敗しても良いことが無い年齢だった。

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