2020.08/07 コンセプト(3)
始末書をまとめているときに、ホウ酸エステルを合成し、それをポリウレタンの変性材として使用する実験を行ってみた。
ホウ酸エステルを持ち出したのは「温故知新」という行動である。始末書でごたごたしているときに新しいアイデアを考えているゆとりなど無い。
当時は高分子技術において難燃化技術の関心が高まっていた時代であり、古代の難燃化技術について書かれたコラム記事が研究室の隅に放置されていた。
この状態は誰かがそれをすでに検討してダメだったことを示している。すぐに検討された人に尋ねたら、ホウ素系の化合物には高い難燃効果は無いという実験結果だったらしい。
幸運だった。ダメな実験結果から予見される、ダメな実験をやらなくても済んだからである。「温故知新」とは、過去を振り返りそのまま実行することではなく、「新しいコンセプトの下で過去の知見を見直すこと」なのだ。
古きをたずねて、古い技術をそのまま見ていても、古いだけである。新しきを知るためには、過去と異なる視点を持たなければならない。過去と異なる視点とは新しいコンセプトで見つめなおすことである。
すぐにホウ酸エステルが過去に難燃剤として検討されていないことに気がついた。ホウ酸エステルに着眼したのは、無機アルコキシドからガラスを合成する研究が当時の花形テーマだったからで、当方の独創というよりも、情報として周囲にあふれていたからである。
当時の先端の情報をもとに古い現象を見なおした。この段階で、まだ、新しいコンセプトは生まれていない。
自己評価するときに、無能かどうかという能力の捉え方の方が努力目標を設定した時に実現可能性が高くなる、と思っている。
とかく有能であらんとすると高い目標設定をしがちであるが、無能ではないかと自己を見つめるときに、無能にならないように努力する行動を起こすことができる。
ホウ酸エステルについて難燃剤としての検討が過去にされていなかったので、複雑に考えることなく、まずそれを合成することにした。ここで大学4年の時に有機金属合成化学の研究室で学んだ経験が生きた。
配位子という視点で、エステル化反応にジエタノールアミンを用いたのである。未経験者ならばホウ酸エステルの合成にグリセリンとかを選んでエステル化の研究として行うかもしれない。
有機金属化学を1年間学んだ経験があり、当時の研究室の諸先輩の顔を思い出し、無能と笑われないために、迷わずジエタノールアミンとホウ酸の組み合わせを実験している。
そして合成された化合物とリン酸エステルとを組み合わせて加熱する実験を行い、ボロンホスフェートを簡単に合成できることを見出している。
この実験結果は、ホウ酸エステルとリン酸エステルをポリウレタンに添加しておけば、燃焼時の熱で容易に反応してボロンホスフェートができることを示している。
あとはボロンホスフェートの難燃効果を調べれば、新しい難燃化システムの完成である。
たった2日間の実験で、「燃焼時の熱でガラスを生成し、高分子を難燃化する」というコンセプトが生まれた。
新しいコンセプトは、温故知新と学生時代に厳しいがレベルの高い研究室で学んだ知的財産と、実験という体力勝負をいとわない愚直さで生み出された。
学会で発表した時の懇親会で多くの先生が褒めてくださったが、能力というよりも始末書騒動から始まった業務に対する姿勢の変化が大きいと思った。
新しい発明を行うには、コンセプトが重要となるが、汗を流すことをいとわない心がけで、コンセプトを見出したならば、すぐにそれを具体化する行動を起こす必要がある。
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