2020.11/26 技術者の解放(12)
電気粘性流体の増粘問題の技術的解決に、300種類の界面活性剤を用いて一晩しか時間はいらなかった。しかし、その科学的真実を求めるために1年費やし、科学的真実は得られたが、増粘問題は解決していなかった。
この事例は、ドラッカーが指摘している「正しい問題を解くこと」の重要性と1980年代一部の経営者が科学の問題を指摘し科学史の研究者が科学について語り始めた時代に「科学でモノはできない、技術でモノを作る」という名言の正しさの事例でもある。
一部の経営者が講演で言い始めた科学に対する懐疑的な発言はバブル崩壊とともに忘れ去られたが、哲学者イムレラカトシュが指摘したように科学に問題があるのではなく、科学の方法に対する誤解が問題なのだ。
「科学の方法」というその著のタイトルが示すように、科学は「道具」なのだ。問題を解くのは、いつの時代でもその道具を使っている人間である。
17世紀に科学が誕生して、その道具を活用した技術が著しく早い進歩を遂げた結果、知らない間に人類は科学の奴隷になっていた。教育まで科学を道具として教えるのではなく、教育の根幹にそれを置いてしまった。
その結果、STAP細胞のような騒動が起きているが、あのような騒動が起きても科学に隷属した多くの日本人技術者は、科学から解放されていない。科学で導かれる当たり前のアイデアで日々技術開発を行っている。
10年以上前に豊川へ単身赴任しているが、そこでUSITを普及しようと奮闘している若手社員がいた。
あるグループにおける勉強会で「当たり前の結果ではないか」と質問が出たところ、「それが大事です。科学的に導かれた結果ですから当たり前の結果でなければ困るのです。USITを使えばこのように当たり前の結果(注)を導けるのです」と若手リーダーは答えていた。優秀な若手リーダーの熱い発言を聞き、未来は明るいのか、暗いのか、ふと疑問に思った。
(注)当たり前の結果こそ重要という言葉は、このUSIT勉強会以外でもたびたび聞いていた。この言葉を発する人の心の中には、「思いつきのアイデアをやめて、科学的に考えてほしい」という思いあがりがある。科学的に考えていることがそれほど尊いことなのか、今一度反省する必要がある。当方がゴム会社でフェノール樹脂とポリエチルシリケートをブレンドしてSiCの前駆体に用いるアイデアを始めて話した時にも、同様の言葉が飛び出し、さらに「フローリー・ハギンズ理論を知らんのか」とまで言われている。思わず学生時代の体験を言うところだったが、高純度化のためには、原料が高純度化できなければだめだ、と説明している。ニュートンでさえ、マッハから科学的ではないと評価されているのである。古くはユークリッド幾何学という学問があった。当方は高校で「指導要領ではなくなったが、ユークリッド幾何学を少し授業で扱う」と言われた先生に感謝している。
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