2021.01/10 高純度SiCの開発(5)
ホスファゼン変性ポリウレタンフォームでは、ホスファゼンを2官能のジアミノ体としてデザインしたのでイソシアネート化合物との反応は、科学的に説明しやすかった。
また、ジアミノホスファゼンとイソシアネート化合物とのプレポリマーとして配合したので反応化学の形式知があれば、ポリウレタン発泡体の研究者には大変わかりやすい技術だった。
しかし、ホウ酸とジオール類との反応でホウ酸エステルを合成したのだが、単なるジオールでは加水分解が早く使い物にならなかった。このようなことは1日実験を行えば見通すことができる。わざわざ研究するほどの問題ではない。
また、ジエタノールアミンを用いてNがBに配位したホウ酸エステルを合成すれば耐水性の高い化合物となる、というヒューリスティックな解をすぐに気がつかなければ、大学で配位化合物の形式知を学んだ意味がない。
そこで、ホウ酸エステルのデザインや、その他の技術について、単なるパーツとみなして、いきなり配合設計をして、ホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームを合成したのだが、このようなアジャイル開発手法は、当時まだ知られていない手法だった。
当方は混練の神様と呼びたくなるような指導社員からこのような配合設計手法を学んでいたので、それを活用しただけだったが、これが上司の反感を買った。なぜ研究をしないのか、という問いかけをされたのだ。
上司の言い分は、ジエタノールアミンを用いたホウ酸エステルの設計についての研究や、それとイソシアネートとの反応についてなどの研究を行い、科学的に技術パーツの素性を解明してから、ホウ酸エステル変性フォームを開発する流れを想像していたらしい。
このあたりの上司との対話を機会があればここに書きたいが、研究しなくても自明な技術、あるいはホスファゼン変性ポリウレタンの開発経験から予想される知識までも丁寧に研究することを提案してきた。
ここは企業の研究所なので、迅速にモノをまず生み出すことが重要ではないか、また、すでに目の前にモノができている、などと当方は研究を後回しにした理由を説明したが、とにかく研究データを揃えろ、と押し切られた。
仕方がないので、研究の香りがあふれ出すような研究テーマを短期間に企画し、それを手早く行い上司に納得していただいたが、それは上司に指示された各パーツの研究テーマではなく、ホウ酸エステルの構造とホウ酸エステルがどのように難燃剤として機能しているのかを示した、上司の考えていなかった機能中心の研究内容だった。
例えばジエタノールアミンはジオールではあるが、アミノ基にも活性な水素があり、3官能と見なすとホウ酸との反応では、多数の構造のエステルができる可能性があった。
そのためその構造推定を行った研究や50種類ほど難燃剤パーツの組み合わせを変えた発泡体を合成し、得られた難燃性データについて多変量解析を行って、マテリアルインフォマティクスもどきの研究などを行っている。
この研究ではコンピュータが不可欠ではあるが、独身寮で遊びに使っていたMZ80Kを使用して、休日に多変量解析の計算をしている。しかし、研究報告書を読まれた上司はこのような小生の隠れた努力と過重労働に気づいていただけなかった。
まとめられた研究報告書を読まれた上司は納得され、すぐに工場試作をしようと言いだしたので、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの悪夢が思い出され、始末書はもう書きたくないと応えている。
工場試作後、それはこのホウ酸エステル変性ポリウレタン発泡体の開発を始めて半年後となるが、後工程へ移管された。そして工場にはホウ酸エステル合成用の小さな反応釜が設置され、製品が上市された。
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