2021.06/04 屏風からトラを追い出す
一休さんは、屏風に描かれたトラを捕まえてみよ、という問題に、屏風からトラを追い出してくれたならそれを捕まえて見せます、と得意がった。この話は、おかしい問題に対してトンチで応えている「生活に役立つ良い話」として伝承されている。
ただし、質問者の意図に沿って誠実に問題を解決していないことに伝承してきた人たちは気がついていない。質問者は問題の曖昧性のために1本とられたことを反省し無難に物語は完結している。
しかし、質問者の本来の意図は「一休が屏風からトラを追い出すことなどできないので、トラを捕まえることなどできない」、と考えていたわけで、その意図を一休さんが理解し「トラを捕まえようと誠実に努力し問題解決した」のではない点がもやもや感として残る。
この話は、人の意図をわざと理解しようとせずに曖昧な問題のゴールをごまかして、あたかも問題解決したように見せることは人間社会で許されることだ、と不誠実な行いを容認しているとんでもない話ととらえることもできる。
昨日の中間転写ベルトの問題では、おそらく依頼者は半年窓際で何もせずに座っておりリストラされるぐらいなら、豊川へ来て自分の代わりに半年勤めて責任をとって辞めた方がカッコつくだろうと、気を遣ってくれたのかもしれない、と考えた。
当方は、このように善意として解釈し早期退職の決断をしていたので、気楽にこれを本当に解決してやろうという気持ちになった。ただし、この気持ちは、屏風に描かれたトラを追い出して捕まえてみようと考えるようなものである。
不可能な話のように思われるかもしれないが、現代の技術を用いればトラの屏風絵から画像データをサンプリングして仮想空間に生きたトラと一休さんを描き出しトラを捕まえるシーンを見せることはできる。
このアイデアは一休さんの不誠実な答えより誠実かもしれない。屏風のトラも画像なので画像でしめすことは題意に沿っている。質問者は明確に「この屏風のトラ」と限定しているのだ。
実は科学的に考えるとおかしな問題について、非科学的ではあるけれど仮想空間である頭の中で思考実験を行い問題解決する努力は有効である。配合処方もプロセスも変更せず歩留まりを改善するためには、コンパウンドメーカーが夢のようなコンパウンドを提供してくれればよい、という夢物語を容易に描くことができる。
すなわち、夢のようなコンパウンドを製造できるようにコンパウンディングプロセスを工夫する以外に手段が無いことを思考実験で結論をだしているのである。
カテゴリー : 一般
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