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2021.12/09 高分子材料の密度(3)

フィルムカメラF100の裏蓋フックはプラスチック製だった。樹脂の材質は不明だが、壊れた断面は、典型的なクリープ破壊の破断面を示していた。


すなわち、その破断面を観察すれば、裏蓋を押し上げるためのスプリング強度が強すぎたためフックのクリープ速度が速くなり、フックが壊れたと理解できる。


ただし、これはフックが常に目標スペック通りにできていた前提の仮説である。


1970年代の低密度ポリエチレンのクリープ速度に関する研究では、密度が0.02大きくなると、クリープ耐性が2倍になるという報告がある。すなわち、密度が大きくなるとクリープ耐性が非常に大きくなるのだ。


これは逆に密度がたった0.02小さくなっただけでクリープ耐性が著しく弱くなることを意味している。スプリング強度が仕様通りだったとすると、F100の樹脂製裏蓋フックの成形体密度がばらつきで小さくなっていた可能性がある。


樹脂の成形体密度は0.02程度のばらつきを生じる場合があり、注意を要する。低密度ポリエチレンのクリープ速度と樹脂強度との関係を調べた研究の動機でもある。


ところで、このF100の裏蓋フックについて高分子材料のツボを読んでいた技術者ならばおそらく密度のばらつきに注意が向いたはずである。


そして組み紐のモデルを思い出し、密度が下がれば著しくクリープ速度が速くなる可能性があるとの想像ができて、品質問題を未然に防げた。


なぜなら密度が低いということは、自由体積の部分が多い樹脂成形体を意味しており、自由体積部分では高分子がぴくぴくと運動している。高分子の運動にレピュテーション運動というのがあるが、これは分子の鎖方向にウナギの如くくねくねと動く運動である。


自由体積が多くなり、レピュテーション運動も活発にでき、そして外力がかかったならどうなるか。紐がずるずるとほどけてゆく様子を頭に描くことができる。クリープ破壊とはこのように進行する。


ただしこれは当方の妄想であり、科学的ではないことを注記しておく。但し、高分子材料開発ではこのような妄想が重要な場面として役に立つケースが多い。品質問題という悪夢と思いたい現実に遭遇するよりも妄想を描きながら慎重に材料開発を進めた方が精神衛生上よい。


後日、中間転写ベルトでは頭に浮かんだ妄想からカオス混合装置を開発した実話を紹介する。科学的な知識では否定証明となってしまう場面でも妄想により掻き立てられた開発欲求により、科学を超越した発明が生まれる可能性が高いのは高分子分野である。


健全な妄想により、悪夢のような現実を起こさないように進むのが、大人の技術開発である。不健全な盲目的科学崇拝では現実否定ばかりしている場合にも、健全な妄想は希望の光を見つけ出す。健全な妄想は健全な精神と誠実で前向きな生き方により生まれる。健全な肉体は、ここぞという勝負時に必要である。

カテゴリー : 一般 連載 電気/電子材料 高分子

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