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2022.12/29 高分子の難燃性(12)

休日の2日間は、始末書に添付するホウ酸エステルの企画書作成のために費やされた。当初樹脂補強ゴムが新入社員テーマとして設定されたのだが、1年間の予定を3か月で仕上げている。ホスファゼン変性ポリウレタンフォームは6カ月で工場試作成功、そして始末書である。


上司はホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームを新入社員の研修テーマ発表会で発表すると言い出した。時間は3カ月しかない。ただし、最大の問題は加水分解しやすいホウ酸エステルの問題解決である。


当方は、この部下から見ればとんでもない上司が反面教師となり、ドラッカーを高校生から読み続けた経験知の検証が可能となった。また、ドラッカーを問題解決の書として見直すきっかけにもなった。


ドラッカーの言葉に「およそ優秀な人がしばしば成果をあげられない。その原因は間違った問題を正しく解くからである」という皮肉ではない名言がある。ところが、この上司は間違った問題に対して誤った解答をする。


だから、部下の誰もが上司の指示の間違いに気づき、慌てて正しい問題を探す。その結果、課員の多くが上司と衝突することになる。上司と衝突することにより、問題解決能力が向上する。ドラッカーが予期しなかったマネジメントスキルの事例を勉強している。


さて、ホウ酸エステルの加水分解性の問題をどのように解くのか。仮説を設定し実験を行うのは、科学の常とう手段だが、シミュレーションを行い、その結果をもとにモノを作る、すなわちシミュレーションで示された機能について動作を直接確認する技術の方法が存在する。


これは、ニュートンはじめ科学誕生以前から著名な人物が実践してきた方法である。現代ならばアジャイル開発につながる方法でもある。また、弊社ではこれらの方法についてセミナーを提供しているが、義務教育から大学教育までで決して教えられることの無いスキル(注)である。


このスキルを活用して業務を遂行した。まず、学生時代使用していた無機結晶模型の部品で、ホウ酸エステルの分子モデルを組み立てた。様々なジオールでモデルを組み立てていたら、ホウ素原子の孤立電子対の電子空乏層が見えてきた。


もし、ここに配位する分子構造ならば加水分解が安定化するかもしれない、と考えて、Nメチルジエタノールアミンとホウ酸とのエステルを組み立てたところ、NがBに配位し、かご状構造で安定化することが模型で示された。


企画書には、新規化合物となる、その絵を描いている。工場の片隅に反応窯を置き、合成後そのままポリウレタンの合成プロセスに送れば、エステル化反応で生成する水を除去する必要もない、画期的アイデアだった。


ジエタノールアミン類とホウ酸とでホウ酸エステルを合成し、副生する水はポリウレタンの発泡体として使用、燃焼時にはホウ酸エステルとリン酸エステルが反応し、ボロンフォスフェートとなり、ホスファゼン並みの難燃性が得られる、と実験結果を検討もせず(注)、まとめられた企画書を始末書代わりとして、上司に提出している。


ここで、上司は、企画書ではなく、始末書としての表紙を作成するように指示してきたので、従っている。その後表紙だけが人事部に送られたことを後日人事部の同期から知らされた。


さて、企画書には実験で仮説を検証せず、分子モデルでシミュレーションされた結果をまとめただけだが、アジャイル開発をおこなったところうまく機能したので、当時始末書のことなど忘れてしまった。


上司も大はしゃぎで、次から次へと企画書に書かれた実験を指示してくる。1か月後には、新入社員研究発表として体裁の整うデータが得られた(この時弊社の研究開発必勝法で説明している戦略図と戦術図を使用していたので、上司には当方の業務が全て可視化されていた。それが自分の首を絞めていった。セミナーでは上司の人格を考えて使用するような注意をしていないが—)。


IRにより、ホウ酸エステルとリン酸エステルが反応してボロンホスフェートを生成していることもモニターされ、さらにリン原子含有率を基準にした単相関係数は、ホスファゼンのそれと等しい値になった。


趣味で始めたデータサイエンスの勉強を試してみたいと思い、難燃化に機能する主要原子であるPとB、ClのLOIに対する寄与率を調べてみた。


科学的な分析データとして、B単独使用ではLOIへの寄与がほとんど無いことが示されていた。また、燃焼時の炎の中に、リン酸エステル単独で観察されるオルソリン酸がホウ酸エステルとの併用で観察されないことも示されていた。


また、燃焼途中や燃焼終了後のチャーにボロンホスフェートをIRで検出できていた。これらから多変量解析を行えば、BとPの寄与率が高くなり、Clの寄与が低くなると想像された。


科学的に研究せよ、とは上司の決め台詞だったが、ロジックを示した戦略図と戦術図のおかげで、その進め方が非科学的だったとしても、理解できなかったのだ。科学的に、が口癖の科学者もどきには科学という哲学がどのようなものであるのか、理解していない人物(注2)が多い。


(注)有機合成ルートを設計する手法に、アメリカの科学者コーリーが考案した「逆合成」という考え方がある。これは、高校の学習参考書「チャート式数学」にも書かれている名言だが、「結論からお迎え」というコンセプトと同じである。すなわち問題を考えるときに、まずその結論から考えるのだ。ドラッカー流にいえば「あるべき姿」を具体化するのである。ドラッカーの書にはこれが随所に出てくる。ゆえにドラッカーが難解に見えたりする。

ドラッカーが難解に見えるのは、前向きの推論による帰納法で問題解決するのが科学的と学校教育で教えられたからである。学校教育では、前向きの推論がスタンダードだが、ドラッカーの書ではあるべき姿を考えながら読む必要がある。

学校教育だけではない。科学とともに誕生したシャーロック・ホームズもワトソンとベーカー街221Bにある事務所で前向きの推論を展開する。この探偵が難解な事件でも解決するので、前向きの推論が正しいと誤解している人が多い。40年ほど前に刑事コロンボは逆向きの推論で事件解決を行うスタイルを示した。おそらく同じ事件をホームズとコロンボにその解決を競わせたなら、コロンボが勝つに違いない。

ホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームでは、仮説も検証せずにいきなりジエタノールアミンとホウ酸と反応させたホウ酸エステルを合成し、それを用いて難燃性ポリウレタンフォームを合成している。発泡体なので反応バランスを調節する必要があるが、難燃性の機能だけ確認するのであれば、シート化してLOIを測定すればよい。リン酸エステル系難燃剤であるCR509の添加量依存性を求めたら驚くべきことに、ホウ酸エステルが2%存在しただけでCR509の添加量を半減できることがわかった。

(注2)この上司は馬鹿ではない。「上司を説得する怖い怖い戦略」を考案するきっかけとなった出来事がある。40年以上前の話であるが、この上司が横断歩道で一時停止せず老婆をはねたそうだ。この事件は、隠蔽化されたのだが、同時に酒の席で「本部長の口説き方」として話題になっている。会社内というのは隠蔽化されてもどこからか漏れるものである。さて、その口説き方は、「本部長から言われた宿題を考えて運転していたら事故を起こしました」という方法である。責任感のある本部長は自分への責任回避のため隠蔽化したのである。上司に報告者と同じ結論を共有してもらいたい時には、その内容を説明するときに、それを否定するとリスクが生まれることを優先して説明すると理解されやすい。会社は組織で動く。本来は会社のリスクを優先すべきだが、役割からくる責任を優先して考える管理者は多い。だから、ドラッカーは誠実な人をリーダーとすべき、と言っている。日本はバブル崩壊後世界で一人負け状態である。経営者は管理職が誠実であるかどうか見直してはいかがか。誠実な人物は、まず会社のリスクを考える。換言すれば、担当している仕事の成果をまず考える。仕事にしがみつくような組織人は誠実ではないのだ。

カテゴリー : 一般 高分子

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