2025.01/02 製造業の未来(4)
幻の名機「烈風」について、「もし2年開発が早かったら戦況は違っていた」と昨年末の現代ビジネス(12月30日版)に書かれていた。
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歴史に関して「もし」という言葉はよく使われるが、現代の技術開発において「もし」は許されない。そのような技術開発をしなければいけない時代になった。
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ソフトウェアー業界では技術開発競争が激化し、手順を踏んでいたなら時代遅れとなる状況に20世紀末陥った。そしてアジャイル開発の手法が誕生している。
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新入社員の時に樹脂補強ゴムのテーマを担当した。指導社員はサンプルを当方に見せながら、「この樹脂補強ゴムが長寿命となるように研究するのがテーマ」と説明された。
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ただし、それがどのように製造されたサンプルなのか教えてくださらなかった。驚くべきことに、それは指導社員が示したゴールのゴムそのものであった。
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3か月後、1年の予定のテーマを短期で仕上げた当方を褒めてくださり、指導社員は種明かしをしてくださった。その説明によると、ヒューリスティックなアイデアで得られた配合でサンプルを作ってみたら良いものができたそうだ。
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そのサンプルの分析をしたところ、樹脂が海でゴムが島を形成している高次構造だった。それを粘弾性測定したところ、世界初の現象が明らかとなったのでテーマ提案したという。
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これはアジャイル開発そのものである。この指導社員は、「この説明では研究所で馬鹿にされる」とも言っていた。思い付きで作ったものが偶然良い物性になっても科学の成果ではないからテーマとならないのである(注)。
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このような科学馬鹿がいる企業の研究所もまだあるかもしれないが、ゴム会社の研究所は、アカデミアよりもアカデミックな研究所だった。厳密な科学の方法で得られた企画以外評価されなかったのだ。
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アジャイル開発と当方のオブジェクト指向の手法のシナジーにより、1年の予定で企画された樹脂補強ゴムのテーマは、たった3か月で後工程の技術部へ移管された。
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そして、1年後には某自動車会社にエンジンマウントとして試験納入されている。タイヤでも樹脂補強ゴムがビードフィラーに採用された40年以上前の話である。
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(注)白川先生が導電性高分子でノーベル賞を受賞されたころにポリアニリンを正極に用いたLi二次電池の企画が研究所のテーマとなり、世界初のLi二次電池として事業化されて、日本化学会賞技術賞を受賞している。この受賞後すぐにこの事業は終了している。また、1940年代にウィンズローが発表した電気粘性効果について科学的な見直しが行われ企画が認められている。材料技術のイノベーションが起き始めていた頃で1980年代にセラミックフィーバーが、そしてこれがナノテクノロジーブームとなり、2000年の国研精密制御高分子に流れてゆく時代である。ゴム会社50周年記念論文の募集があり、高分子からセラミックスを製造する夢の話を応募作品として提出したが、佳作にもならなかった。主席に選ばれた論文は、豚と牛を掛け合わせたバイオ技術を展開した話だった。当方の作品の方が実用性があると自負していたので、その後高純度SiC開発とその事業化テーマを企画提案したが、研究所で一笑に付されている。その後人事部から海外留学のお話を頂いたときに、無機材質研究所への留学に変更していただいた。これが影響したかどうか知らないが、無機材研留学中に受験した昇進試験に落とされた。落とされた、と表現している理由は事前に情報を入手していた「あなたが推進したい新規事業を述べてください」という問題が出たからである。ここに高純度SiCの事業シナリオを書いている。この昇進試験に落ちた話が、人事部から無機材研に電話がかかってきて、所長から1週間だけこの昇進試験の内容を研究してよいとの許可がでた。そこですぐにフェノール樹脂とポリエチルシリケートのポリマーアロイを用いた新しい高純度SiCの合成法を実験し、4日目にはまっ黄色の高純度βSiCの製造に成功した。その後この事業はゴム会社で30年続き、現在は愛知県にある(株)MARUWAで事業継承されている。高純度SiCの半導体治工具事業はアジャイル開発どころか「アッと驚く開発」から始まっている。また昇進試験に落とされなかったら生まれなかった事業でもあり、ゴム会社でセラミックスの内容を提出したので0点をつけた試験官に感謝している。もっともゴム会社含め一番感謝しなければいけないのは科学技術庁無機材質研究所に対してである。未だ十分な感謝が行われていないだけでなく、日本化学会化学技術賞に最初に提出された推薦書では、1992年から開発が始まり無機材研は関係ないとなっていた。大変失礼なことであり、当時の審査員も問題視し、推薦書の再提出となっている。はるか太古の歴史に埋もれた技術ならば、その創始者は不明で良いかもしれない。しかし、20世紀に生まれた技術で正しくその創始者を伝承しない、あるいは抹殺しようとする姿勢では、バブル崩壊後失われた30年となっても仕方がないのである。新しい技術を生み出す活力が醸成される風土とはどのようなものか、よくわからない方はご相談ください。今年は、貢献を軸に新技術を生み出す日本を目指し、日本企業のご指導に尽力したいと計画しています。
カテゴリー : 一般
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