2025.01/09 暗黙知(4)
PPS中間転写ベルトの仕事を引き受けるのかどうか、少し悩んだ。55歳早期退職するまで、窓際で過ごすのも悪くなかったからである。また、当時昨年のような表立ったリストラが行われていたわけではない。
ゆえに、当方同様に退職を数年後に控えラインを外れた多くの管理職は、皆静かなる退職状態で仕事をしていた。40年近く働いてきて、管理職まで昇進できた人は運とそれなりに頑張った人なので、それが許されていたのだろう。
当方も転職時の条件が他の会社との統合で反故にされたので、静かなる退職を決め込んでも文句が出ないだろうと思ったりもした。しかし、定時退社の生活を半月してみて、気分が悪くなった。
慣れないことはしない方が良い。結局早期退職するまで貢献と自己実現を目指し、一生懸命働いていた方が精神衛生上良いということが分かり、豊川事業所のプラントへ出かけてみた。
そこで1日PPS中間転写ベルトの製造工程を眺めていたら、カオス混合のアイデアが浮かんだ。このアイデアが浮かぶ一番のきっかけは工程内の音の変化だった。暗黙知を工程の音の変化が刺激したのである。
それが、どのような関係か不明だったが、世界初の高純度SiC合成プロセスを4日間で開発した体験が同時に浮かんだ。頭の中は訳が分からない状態だったが、粘弾性装置で思いつきの実験を行っている。
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その実験データにより暗黙知が具体化され、コンパウンド工場まで建設している。研究開発においてアイデアがどのように浮かびそれが実現されてゆくのか、いろいろなケースがあるだろう。
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しかし、短期にコンパウンド工場を建設し成功させた中間転写ベルトの量産化の成果は、センター長はじめ統合した会社の方々が体育会系のノリで当方の暗黙知を信じて一緒に走ってくれたおかげである。
暗黙知がどのような知なのか、言葉でうまく説明できないが、やる気が無い時にふと湧き出てくる情熱や欲望も暗黙知のおかげかもしれない。当時本来は落ち込んでいる状態なのに、何か体の中からむらむらと湧き出てきたのである。
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それが、何であるのか分からないままその時の状況を言い換えれば、暗黙知により欲望が沸きそれが行動に結びついている、と書くと理解していただけるかもしれない。
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そして周囲もうまくゆくかもしれないと盲信して走ってくれたのだ。部下の課長だけ冷静に出来損ないのコンパウンド評価を粛々とやっていたが、歩留まり100%のコンパウンドができてから、君子のように態度が変わっている。
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さて、工場を眺めていて音の変化を感じた前後のサンプルを欲しいという欲求が出てくる。何故欲しいのかは不明であるが、サンプルを手にして、満足するまでさわっていたら粘弾性測定をするアイデアが浮かんできた。
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ゆえに欲望という表現がふさわしいと思っているが、粘弾性測定の動機についても科学的に間違っている現象の確認なので仮説とは言い難い。かつての指導社員から教えられた経験知による自然な行動である。
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その結果PPSと6ナイロンの系ではフローリー・ハギンズ理論に従がったならば起こりえない「相溶」という現象に遭遇しびっくりして、それが正しい結果なのかDSCで確認している。
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分析担当に依頼していたTEM写真には、6ナイロンの島相が無くなっていたのでそれは確信となる。この欲望の行動のままセンター長に8000万円の決済を頂いている。これは今話題の欲望の代償9000万円より少ないが。
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「欲望の果実」という娘の欲望が家庭をカオス状態にする古いイタリア映画同様に、欲望の果実としてカオス混合プラントが異常な3ケ月という短期間で立ち上がる。
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この結果について特許を基に3月に行われるゴム協会のシンポジウムで2時間講演するが、そこでは欲望の果実ではなく、欲望が隠蔽化されたオブジェクト指向によるデータ駆動の成果として解説する。
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発明や発見をやりやすくする方法があるかどうか知らないが、過去の事例を深読みすると発明者の理由が分かりにくい行動から暗黙知の存在やそれに刺激された欲望を見つけることができる。
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SiCはエジソンの弟子、アチソンの発明だが、その発明過程から科学的というよりもエジソンの欲望を読み取れる。ヤマナカファクターでさえ、早くiPS細胞を見出したいという山中博士のむき出しの欲望を発見で用いられた科学の禁じ手から感じることができる。
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招待講演では、欲望の果実を冷静に改めて企画にまとめなおした(注)体験談である。この他に退職日を2011年3月11日に設定しなおして、欲望ではなく恣意的にオブジェクト指向によるデータ駆動の実験で成果を出した新しいポリマーアロイの設計法も紹介する。
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(注)組織活動における研究開発では、だれしも納得する企画書によるデザインレビューが求められる。問題は、科学的データが無い中でどのような企画書を作り上げるのか、そのコツを中間転写ベルトの体験談で解説する。
カテゴリー : 一般
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