2025.03/25 ストリートピアノ
「練習は家でするように。これは練習用ではない」という表示をストリートピアノ設置者がしたので、炎上している。
そもそもストリートピアノは、自由に弾いて欲しいから設置するもので、演奏者に制限を加えるならば、設置するな、という人がいても当然である。上手な人の演奏でも聞きたくない人がいるからだ。
演奏者に制限を設けるならば、音が届く範囲にも制限を加える努力をしなければいけない。すなわちそれを聞きたい人だけが入れる空間を設けて、ピアノを設置すべきだろう。
そのような対策をせず、ストリートピアノを設置するときには、演奏者の制限をすべきではない。当方はストリートピアノがあると、あまり近寄らないようにしている。
上手な演奏だろうが下手な演奏だろうが、聞きたくないのである。歩いているときは、歩くことに専念している。そうしないと運動にならない。
少しでも運動時間を取りたいと思っている年齢層にとって、ストリートピアノは上手下手に関係なく、騒音である。だから誰が弾いていても良い。
そもそもストリートピアノの演奏で、感動した経験やそれを聞くために立ち止まったことはない。本当に感動的な演奏というのは、歩いていても感動するものである。
少し弾ける人の演奏と下手な演奏との区別などどんぐりの背比べであって、少し弾ける程度の人の演奏でも騒音と感じている人がいることを知って欲しい。耳が肥えている人たちの中には、ストリートピアノそのものを迷惑に感じている人もいるのだ。
多様性が叫ばれる時代に自由を前提に解放されている、あるいは解放した人は、それに制限を加えるべきではない。そもそもストリートピアノの演奏で上手いと感じた演奏に巡り合ったことが無いので、ストリートピアノは練習用だと思っている。
カテゴリー : 一般
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